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若き日の歌

…若い頃、十代から二十代前半の頃に書き溜めて書棚の奥に眠っていたノートにあった、短歌などを載せておきます。拙いものが多いのですが、よほど気になった二、三カ所以外はそのままにしてあります。赤っ恥を晒す気持ちですが。ちなみに、『それからの短歌』に続きます。

・社会人になって

僕の恋だあれも知らないこの想い
 林の奥の沼に告げたり

君去って君の忘れたくつ下が
 タタミの上に寝そべっており

テレビつければ君がいて雑誌を開けば君がいて
 ラジオをつければ君が唄っている

ある人をこの上もなく憎みおり
 そんなに悪い人ではないが

疲れたらサイモン・アンド・ガーファンクル
 夢見ごこちのスカボローフェア

冬の夜カエルは鳴かず虫鳴かず
 ただひとり泣く女よあわれ

残業に疲れて夢も見なかった
 風吹いていた君泣いた夜

六日間ただ働いて日曜日
 友なき身なればひねもす眠る

夜も更けてジムノペディを聴きながら
 あなたのことを想うともなく

夜も更けて灯りを消してラジオつけ
 タバコを吸って今日も終わったひとり呟く

バスを待つつかのまタバコ一服す
 身捨つるほどの職場はありや?


・恋の唄

ふと肩にあの娘の息を感じる夜
 月にむかって吠えたくもなる

これも恋あれも恋ならそれも恋
 恋に恋する恋の夜かな

月影の露降る夜のうらめしや
 好きならそうと言えばいいのに

コノ腕ニアノ娘ヲ抱イテ抱キシメテ
 ミタクテナラヌコンナ夜ニハ

この鏡よくよく見ればこの顔も
 満更悪くないんじゃないか

ほほえんで手をのばそうとするけれど
 恋はどろんぱ雨の降る夜

君よ こんな夜は僕に惚れたと思うかな
 静かな冬の雪の降る夜


・かのひと

かのひとのことを思うも筆は進まず
 マッチを擦る 何度も何度も擦る

家に至れば夜は更けたり かのひとに
 電話するにも夜は過ぎたり

あのひとの電話を切って闇の中
 あのひとの声がする

昔日の悲しき恋の思い出に
 近くうたへば野獣の如し

かのひとを思いて 灰皿は
 山となる 焦げ跡が残る

不器用な会話に静寂の天使飛ぶ
 詩人は常に貝になりたし



・古きノオトより

いわつららまたたくごとに朧ろなり
 汝がまみのもとしののめのほど

統ぶれども哀しみはなほ玉と照る
 汝が歌声の風にまごふを

かのひとの円き瞳の涼しきに
 白鳥となり われは水浴む

かのひととすれ違ふ秋 かのひとは
 言の葉なくも微笑みにけり

ゆふぐれの草原にひとり立ちて聞く
 汝が歌声の風にまごふを

いわつらら汝がまみにつと汲まれたり
 我が憂き夜半にきらり落ちけり

声絶えて受話器持つ手にしめり来る
 うしみつ時の珈琲にがし

くちびるは語るなかれよ汝がまみに
 射止められにし苦しみに耐へ

たらちねの悲しからずや母親は
 この影に生きこの影に泣く


・浪漫的感傷

黒髪のふとなびく時夢に見る
 月をながむる小鹿の瞳

我が玉の涙は天に秘めたれど
 君みあぐればつと零れゆく

流星の峡谷に降る喜びよ
 我が口づけもかくもあらばや

流星の湖に散る悲しみよ
 我が口づけに君や泣くらむ

桜散る 舞ひつ返りつ我れは見る
 またたくたびに涙する君

雨音に書物を閉じて恋多き
 瞳には君 雨音よ熱し

黒髪の森の奥にぞ汝が瞳
 訪ねゆかばや口すすがんと

誰そ彼とまさに問はんとする夕べ
 かそけく影は恋をささやく

君語る言の葉溢れ零れ落ち
 敷き詰められて匂ひ立つかな

フォトグラフ机上にしのぶ月影は
 いまこそ触れん君が黒髪

ああ壺よ を暗きなかにかのひとの
 悲しき眼(まみ)はひとり燃ゆらむ

雨の降る季節を忌みてわれひとり
 落ち葉散る道 南へ下る

重なりて敷き詰められて枯落葉
 車は散らすこの田舎道

モーツァルト何べんも聞きあのひとを
 夢に見る夜となりにけるかな

しばらくは雨降りしきりしばらくは
 風吹き荒ぶ独り居の夜

寂しい夜 昔の恋を夢に見る
 昔の恋も片恋なれど

ツルゲーネフ読めばうるわし恋なれば 
 我が恋もかくは清らなれと祈れり

春風に思ひを告げし水芭蕉
 水面に立つ波黙するを得ず



・ユーモレスク

失恋にやけ食いは毒 はち巻し
 七晩寝ずに学ぶもぞよき

悲しみを癒す術なみトイレットペーパー
 体にぐるぐる巻きて寝るかも

選挙車を一日借りて かのひとの
 家の前にて告白したし



・変調

迷うたら鬼が出てくる迷わずに
 悪事を為せば我れ鬼となる

歩いて疲れてしゃがんで黙って
 見上げたら星空

父は怒り母は惑い児は泣く
 暗い家暗い夜

「そんなに優しく微笑んでいる
 あなたはだあれ?」

祭の夜女は踊った祭の夜女は狂った
 祭の夜女は死んだ

汝が真夜(まや)にすすき野原は朧ろなり影めく天にみどり児ぞ泣く

闇なかのピアノつまびく我が指に汝が律動の弾けて光る

海原に天の怒りのきらめける哄笑の夜に雷(いかづち)と降る

教会の壁はかすかに崩ほれて巷を彷徨ふ鼠幾千

ぬばたまの夜鷹来たりて囁くは怪しき楽音悪魔の愛なり

蒼深く霧立つ町にあてどなく我れ泣き濡れて行く末知らず




・帰郷

疲れてもやっぱり行こう特急で
 二時間かかるふるさとの町

降る雪やどこで降っても雪なれど
 やっぱりここの雪は格別

懐かしの母校にゆけば冬休み
 校庭に積もる雪を踏みつつ

校門を入れば懐かし桜の木
 木蔭にしばし佇んでみる

懐かしの母校に行けば夏休み
 だあれもいない校庭に立つ

ここからも見える職員室のなか
 ちょっとのぞいて慌てて逃げる

ふるさとの町をひとときさまよえり
 店の親父にスイカの値を聞く

久しぶりに母校に行けば誰もおらず
 校舎にポツリ灯りともれり

久しぶりに母校に行けば友に会い
 なにやってるの? 聞かれて困る



・日常

書店に行けば意味もなく書を求め
 自販機あればノドを潤す

道行けば百円拾う雨降れば
 恋人の来て傘を差しだす



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