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それからの短歌

『若き日の歌』に続く短歌群です。


・学生時代

珈琲の水面に揺らぐ
 我が瞳
語らば語れ熱き悲しみ

書を閉じて震える影にやかん鳴る
 下宿屋の夜に
 吐く息白し

啄木の如くなりたし
啄木の歌となりたし
 暗き一夜は

バイト明け
 疲れた体ひきずって
 あいつは今日も雀荘にいく

 我が脳に
弾けて痛し女の声
真昼の町を高らかに過ぐ

好きという
ただ一言をいうがため
 朝の四時まで費やしたもの

あの娘との楽しかりける長電話
 身に跳ね返る
 電話代かな


・帰路

美しき星降る空を見上げつつ帰り道にも惑ふ我れかな

美しき言葉ぞ胸に湧きいづる口に出せば銀漢(そら)澄み渡る

終電に乗るも寂しく駅に着く帰路に零るる天の川かな

星空の美しき夜を家に着くこころ惑ひてまた外に出づ


・日常

朝顔の種を
 二粒三粒置く
 何はなくとも楽しかりけり

 新聞を手折りてみれば
指の先
黒き活字の薄く濁れる

仰向けば電気の傘に
 点々と
死にたる虫の透けてぞ見ゆる

 一時間また一時間夜は更く
積もりて残る
消しゴムのカス

昨日も仕事今日も仕事明日も仕事
 職場に行けば
 あの娘に会える

傘もなく待つ人もなし
 降りしきる雨をたよりに
 思ふこともなし

悲しみは明るく澄めり
 美(は)しき手ゆ
昇りて踊る傘の上かな


・世間

結婚して夫(つま)は酒乱と知りて後別れて九年いまも夜は泣く


・旅路

はるばると君住む町に来たりけり君住む家の前を過ぎつつ

ふと見ると国道沿いに電話あり掛けるともなく立ちずさむかな

秋雨や夕暮れの町我が行けば喫茶店から灯り漏る見ゆ


・海

君に振られたあの夜は体育座りで海を見ていた

海を見て涙が湧いてうつむいて砂手にとれば砂は冷たし

いつまでも海辺に座っていたけれど夜だったからカモメも見えず

カモメよなんでそんなに鳴いている僕はそんなに寂しくないよ

海に行きしばししゃがんで砂をいじるただわけもなく砂をばいじる

波を見る人の背中の寂しきに仕事の愚痴も忘れて帰る


・友としばし同居して

…大学の頃、私の同級生の友人に(今風に言えば)三人でルームシェアをしている者がいた。同居人のうちの一人が足を怪我した。もう一人は帰省中だった。友人は夏休みの間バイトに行かねばならなかった。私はどこにも行く予定がなかったので、友人宅にしばらく住み込んで怪我人の面倒を看ることとなった。

両足のきかざる友は昼夜寝ねたり時に吾を呼び時をたずねる

今日も友はひねもす窓の外を見る今日も四五度猫の横切る

無口なる吾を厭いてか友は夜の更けゆくままに長電話する

久しぶりに友より遥か電話あり「あいつは元気か?お前はどうだ?」

ふと実家(いえ)に電話をすれば病父のこと言葉少なに母は語れり


・秋の夜

駅に着くと夜は冷え込み満天の星背中丸めてとぼとぼ帰る

月見れば月をはかなみ君見れば君をいとしむ秋はかなしも

白湯飲みて秋の夜深く夢深く眠り眠りて君満ちたりぬ

秋の夜に雨はひねもす降り注ぎ光ほのかに満ち満ちて湧く

君の名を呼べば吹き過ぐ風ひとつ風よ散らすな我が思ひまで

僕の歌を知ることもなく聞くこともなくただ君は光り輝く

秋の日は空を見上げて秋の夜は星を見つめて君を思へり

君思ひ落ち葉を踏めば我が魂の哀しみ憂ひ破れ傷つく

ひとつずつ朝陽は夢を摘み歩く君の住む町僕の見し空

晩秋の朝ただ一心に輝く如く君の如くに

かのひとの名をば口にす照れ臭くなほも哀しくなほいとほしく


・夜

よく見れば落ちずに残る木の葉かな風吹く夜も雨降る朝も

崖の上夜風に凍えひとにぎりの星の光を浴びてひとり

夜の闇おそれおののきうずくまり怯えつつ聞く風と波の音

昨日より我が罪ぼとり首筋に落ちて蜥蜴の如く這ひたり

悲しみはいかにも深くまた暗く闇の大地を這ふが如くに

ゆらゆらと黒ずみし河地の底を音なく流る尽くることなく


・ユーモレスク

この都会(まち)のこんな夜景は好きじゃない特にこんなに静かな夜は

万馬券当って砕けろ買ってみろ一億勝ってもなんぼのもんじゃ

春夕べあとひと駅で着くけれどいついつまでも乗っていたいな

歩いて疲れてしゃがんで黙ってみあげたら星空


・静

重なりて敷き詰められて枯落葉車は散らすこの田舎道

雨の降る季節を忌みてわれひとり落葉散る道南へ下る

ふと君の声かと思ふふりむけば暮れゆく空と山と川の音

疲れ果て思ふこともなし山の村川辺に行きて手をば洗へり

目覚めれば耳に涼しき川の音窓にし寄れば水は濁れり

稚児どちの浜辺の貝を選ぐり歩く仏の児らの尊かりけり

稚児どちの浜辺に歌ひ踊りたり海の大神喜べるかも

吐息散る薔薇(そうび)一輪ただ赤く夜の一隅ひとしきり照る

つつじ散る夢の一つもかなはずに我が道赤く濁して静か


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