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「リンジュー・ラブ」に表現されるはっとりさんのイケメン度

この数日、マカロニえんぴつの「リンジュー・ラブ」が頭の中で流れて離れない。

哀愁のフォークロックも、ディスコなユーロビートも
parapara parapara
泣き止んだ夜にまた聴かせて?

作詞作曲:はっとり 「リンジュー・ラブ」マカロニえんぴつ

まだ10回くらいしか聴いていないのにも関わらず、このフレーズがふとしたときにぐるぐる再生されて、気づいたら口ずさんでいる。

さいたまスーパーアリーナで初披露した時は、AメロとBメロのリズムが違うのと、サビの雰囲気とも違い、音楽音痴な私にとってはいろんな曲からインスパイアされた編曲に1曲の全体をとらえるのが難しくて、ちょっとポカンとしてしまい、「この曲、好きになれるかな」と不安になったのだが、いつの間にか口ずさむほど脳がジャックされている!!!

なんということだ。
マカロニえんぴつのオールジャンル感は大好きだが、「リンジュー・ラブ」は特にそれを感じ、またさらにマカロニえんぴつにハマる要因ができてしまった。

なんと言っても、マカロニえんぴつというか、はっとりさんの曲は、私にとってものすごーーーく、胸がときめく。
体の中に「恋スイッチ」が埋め込まれているのなら、
そのボタンを1曲ごとにグイグイ押されている感じ。

誰に向かって、何に向かってなのかわからないけれど、

「あー、大好きだーーーー!!!! 好き、やばい」

と叫びたくなる(心では拡声器を使って叫んでる)衝動に駆られ、感情の昂りをぶつける先がないのでこうしてnoteに書いたり、Twitterにつぶやき、カラオケで一人で歌っている。

「リンジュー・ラブ」は、まさに「恋スイッチ」が押されまくる。
特に、最後のCメロ?のフレーズ、

僕のロックは 忘れた頃に
また聴かせてあげる

作詞作曲:はっとり 「リンジュー・ラブ」マカロニえんぴつ

っかーーーーーー!!!!!
たまんねーーーーーーー!!!!

なぜか、すごくドキドキする。しかも、若干、ささやきながら歌う感じが、Airpodsのクリーンな音によって耳元で言われている気持ちになって、一人で「きゃーーーーー」と赤面しているという・・・。

誰かを好きになる手前の、あのドキドキ感を想像してもらいたい。
ものすごく無防備に暮らしていたら、突然、ヒョイっとその人が現れ、知らぬ間に私の人生の重要なキャラクターとして振る舞い始める。
そんな恋の始まりの時の、ときめき。わかります!?

「忘れた頃に また聴かせて”あげる”」の「あげる」が、またいい。

いいですか? 大事なポイントなので丁寧にみていきますよ。

この曲は『100万回言えばよかった』というドラマの主題歌なので、ストーリーにリンクしております。

どうでもいいけど、このタイトルを聞くと、「100万回死んだ猫」なのか「100万回生き返った猫」なのか、そのどれでもないのかあの著名な絵本を思い出す。

さて、「リンジュー・ラブ」という曲名通り「臨終・愛」だと予想します。
つまり、佐藤健が演じる幽霊から見た目線のラブソングです(たぶん)。

<最後のサビ>
・「最後の夜にはやっぱりあなたの声で呼ばれたい」

とありますので、いつか成仏して現世を彷徨うことをやめるタイミングが訪れるのだと思いますが、その上で、
「僕のロックは 忘れた頃にまた聴かせてあげる」という歌詞がきます。

書き手のメンタルがどこにあるかが、よくわかる1フレーズだと思うので、考察したいと思います。

お題)自分の死後に新しい人生を歩んでいく恋人に対して伝える言葉。

★彼と彼女の愛情の比重(もしくは、自己肯定感の割合)別に見ていきます。

■彼5:彼女5の場合(一般的なカップル)
「また思い出した頃に、聴いてくれるかい?」

■彼10:彼女1の場合(ほぼ片思い)
「君に俺のロックをもう一度聴かせたい」

■彼1:彼女10の場合(自惚れ系)
「一生、俺のロックを聴いて思い出に生きてくれ」

■彼6:彼女4の場合(はっとりさん)
「僕のロックは 忘れた頃に また聴かせてあげる」

どうですか?! この差!!!!!!
はっとりーーーー、イケメンすぎるぞ!

キムタクか、はっとりか、というレベルの「やや上から目線」なんだけど、「お前のことは特別扱いする」みたいな愛情表現。最高っす。

はっとりさんの書く歌詞が、本当に大好きで、彼の恋愛観や人生観がよくよく現れている気がして、もしも、はっとりさんが書く歌詞のまま恋愛しているのだとしたら、彼女が羨ましい!! 

というか、はっとりさんに恋心を寄せられる人が羨ましいという感じで、
歌詞に書かれている恋愛観でときめかれる存在になるのは憧れるが、
別に付き合いたいとかではないんだよな、という。

こういう話をすると後輩からは、「全くわからない」と言われた。

「私は男性と距離を詰めていく過程が楽しいから、ブラウン管の向こう側の人にはハマれないんですよね〜」と不思議がられたのだった。

そこで気付いた。

「あー私、ぜんぜん距離つめたいわけじゃないわ!」と。
ただ勝手に脳内で盛り上がっているだけであり、なるべく一定距離を取った状態で、眺めていたいだけ。

これはおそらく、腐女子の方々には共感してもらえるのではないかと思う。自分がそこに介入したいわけではなく、男同士の恋愛(人間関係)の成り行きを見守りたい、できれば部屋のインテリアの一部になって。
そんな感じだ。

はっとりさんになりたい、とは思っても、はっとりさんと付き合いたいという選択肢は浮かんでこない。多分、崇拝に近いんだろうな。

そして、はっとりさんが生み出す「恋愛における人間模様」がツボなので、それを何度も何度も繰り返し擬似体験し、堪能したいというのが一番近いかもしれない。



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