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私が夫に抱きつくと2歳の娘が「なぁにぎゅーしてんのぉ〜?」と笑う

娘(2歳3ヶ月)は本当によく喋る。といってもシャイな性格ではあるので、人前だと恥ずかしそうにしているが、家や保育園の中だとリラックスしているのかまぁよく喋る。

駐輪場に自分の自転車がないのを見て「◯◯ちゃんのじてんしゃないよぉ。おかしいなぁ?」と疑問を口にしたり、階段をジャンプして降りた男の子を見て「すご~い、◯◯ちゃんにはできないよぉ」とへりくだって褒めてみたり、傘を持ててすごいねと言うと「え、ほんとにぃ?」と嬉しさを隠しきれていない感じで返してきたり、最近の娘との会話は随所に娘の考えていることや気持ちが表れているように感じられて、面白い。

私や夫が娘のことを好き好き大好きと2年3ヶ月言い続けてきたからか、娘も「だいすきーっ、ぎゅーっ」と言ってくれる。このくらいの子どもが言葉を使うという過程はどういうものなのか、興味があるものの結局勉強するまでには至っておらず、結局娘の中に「だいすき」という気持ちが育まれているのかは正直あまり分かっていない。単純に親の口癖を真似してるだけなのかなぁと基本的には思うわけである。

私は家族愛の人だと、言われたことがある。10代の頃に聞いたので、あまり実感はなく「ほぉーん」と聞き流していた。その当時の家族はいわゆる父と母と私と弟で、私が子ども側の家族というものしか思い描けない。ひねくれていたので将来の結婚にあまり興味は持てず、結婚しない子どもつくらないと公言していた。そんな私がどんな文脈で言われたのかも覚えていないけれど、強烈にその言葉だけ残っていて、そしてそれはその後の私が人生の重要な選択をしていく過程で、常にまとわりついているような感覚があった。

2014年に夫と出会い、2016年に籍を入れ、2018年に娘を産んだ。いまの私が人生で何を一番大事にしているかと聞かれると、迷わず家族だと答える。考えてみると不思議なもので、それまで18年間(上京したのが大学入学時だったので便宜上18年間とする)育ててもらった『家族』に比べて、今私が思う『家族』は法的に出来上がってまだ4年そこそこにしか満たない。娘なんてこの世に産まれてまだ2年である。比べてみると、今の家族はだいぶ急ごしらえである。

そんな急ごしらえな家族の2人を、私はとても愛している。私は身内に対しては表現をしたい人なので、愛していることを2人に伝えるし、伝え続けた結果、娘も伝えてくれるようになっているんじゃないかなと思っている。もちろん夫に伝えるのも忘れない。たまに気が向いて娘の目の前で夫に抱きついたりすると、娘は「なぁにぎゅーしてんの~?」と笑って近寄ってきて、「ぎゅーーっ」と私の脚にしがみついてくる。なんてかわいい。なんてパーフェクト幼児なのか。人生何回目なのか?

当然だが一言に子どもといってもいろんな子がいて、父親を目の敵にしているような子どももいる。父親が子の世話をしようものなら母親が良いと泣きわめいたり、母親が父親と話すだけで嫉妬に狂ってしまう子もいると聞く。我が家の場合は娘の中で父親と母親はほぼ同じ立場だと理解されているようで、どちらか片方に怒られたとか嫌な気持ちにさせられたとかいう理由以外でどっちかじゃないとだめー!と言うことはあまりない。これは娘自身のもともとの理解力とか性格が影響している部分も大いにあるだろうけど、私と夫の娘への接する時間や質がほぼ変わらないからだと分析している。別に自分たちの育児を称賛したいわけではない。ただ私は娘と夫に恵まれているだけである。

とりあえず現時点でわかるのは、私と夫が仲良くしていると娘は嬉しいらしい、ということだけであるが、それを見て思い出すのは自分自身の両親のことだ。私の両親は子どもの私から見ても仲の良い夫婦である。母と父は昼寝のときも寄り添っているような夫婦で、そんな風景が私の中では当たり前のことだった。母は「いちばん好きなのはお父さん。2番めは娘と息子」とはっきり言う人で、それが私を自分自身の手でいちばん好きな人と家族になるという夢への渇望を増長させたのではないかと今では思っているが、そもそもこの価値観で育てられても私が歪まなかったのは、両親にとって自分が大切な存在であるという自覚がきちんとあったからである。私の両親は子どもを置いてけぼりにして2人の世界に入るような人たちではなかったので、私はわりと自尊心の高い人間に育ったと自負している。

私が夫に抱きついて「なぁにぎゅーしてんの~?」と笑う娘の顔に、私は自分自身を見てしまった。娘はまだ本能的欲求がその思考を支配する年齢である。発達の目安に沿って「なんでもじぶんでできる!」という全能感が芽生えていて、「この世の中心はワタシよ!」と言わんばかりの主張で毎日笑わせてくる。そんなプリンセスな娘にとって王子様であるはずの父親が他の女(私)を大切にしていても折れない自尊心を2歳で身につけているのだろうか……?

子どもがそんなことできるだろうか、と思うけど、そうじゃなくても抑えつけられるほど大人でもないよな、とも思う。素直に「娘の自尊心が育っていて嬉しい」と思えないのは私のよくないところだが、良いところでもある(滲み出る自尊心の高さ)。私は自分のことが好きである自覚があるので、なるべくそれが子育てに悪影響を及ばさないように気を遣っているつもりだ。子育てなんてほぼ運なのだから、自分の行動が良い結果を生み出したと因果関係を追い求めるのは危険だと常々考えるようにしている。それでもやっぱり単純に、娘が笑ってくれるのは嬉しい。そんな気持ちを大切にしながら、これからも私なりに家族を愛でていきたいと思った。

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