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【舞台】

「好きな芸能人だれ?」という質問が苦手だ。

好き嫌いが分かれる人を答えると「どこがいいの!?」と言われて会話が続いてしまう。人気すぎる人を答えると「あーね」という雰囲気になるし、マイナーすぎると「それ誰?」となってしまう。特に好きな芸能人はいないと答えるのは、あまりにも盛り上がらない。会話が成立しつつ盛り上げも下げもしないちょうどいい線が誰か考えて答えてしまう。

中学生のころ、そういう質問で想定されている答えは、異性の若い俳優やアーティスト、モデルなどだった。私は「小池徹平」と答えていた。ドラマ「ごくせん」に出ていたメンバーの中でちょうどよかったからそう答えていただけだが、答えていたからには小池徹平ファン的な行動をしようとして、小さく切り抜いた写真を生徒手帳の隅に挟んでいた。本当は亀梨和也が好きだった。でも、KAT-TUNファンを自称している女の子たちが何人もいて、自分が好きなアーティストの苗字に続けて自分の名前を上履きに書いているのを見て(赤西○○とか、亀梨○○とか)心底引いた。

その後も、松坂桃李とか向井理とか言ってきたと思うけれど、本当に好きなのは前田公輝だし、玉置玲央なのである。さらに言えば、市川実日子である。
でも、ただ単純に好きな芸能人を言うことが、本当に苦手だった。答えるだけで自分のセンスをさらすような気がして、恥ずかしかった。そして、その程度のことで恥ずかしいと思うことがまたさらに恥ずかしかった。

恥という感情が苦手だ。自分が恥ずかしい思う場面が苦手だし、恥ずかしいと思っていることが恥ずかしい、そう思っていること自体も恥ずかしい。合わせ鏡のように、どこまでも終わらない「恥」という感情が苦手だ。

だから、できるだけそうならないようにしてきた。低い成績を取らないようにしていた。「お金ないから飲み会パス」とは言わないようにしていた。できるだけ無知をさらさないように話題のトピックスは調べるようにしていた。「恥」を感じないように、失敗しないようにしてきた。困ったことにならないようにしてきた。それでも「恥」が湧いてきそうになってしまったら、自分自身に対して、私はそんなこと気にしてないよ、というスタンスを保ち続けてきた。

それなのに、今、とても困ったことになっている。めちゃくちゃ困っている。自分が自分のことで困っているなんて、恥ずかしくて言い出したくない。でも困っている。困っているかどうかもよくわからなくなっているかもしれない。どうやって抜け出せばいいかわからない。いや、なんとなくはわかっている。でも、踏み切ることができない。
そして、困っていて踏み切ることもできない恥ずかしい自分に、自分で「私はそんなこと気にしてないよ」と声をかけてしまう。だめだ、「恥」が湧いてくる。

この期に及んで、私はまだこんなところで立ち止まっている。情けないけど、今の私。


書評エッセイ

西加奈子『舞台』



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