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スーパーでパートする母の行動経済学

クレーンゲームですでに大金をつぎ込んでいる。でも景品が取れていないから、負けを取り戻そうともっとお金をつぎ込む。

月額2000円の動画配信サービスに加入したけれど、面白い作品がない。でもお金を払った以上元を取りたいからつまらなくても観ている。


こんな経験はありませんか?

実はこれ、行動経済学で言うところのという「サンクコスト」という概念に関係があります。

サンクコストについて学んだとき、真っ先に自分の母のことを思い出しました。

母はスーパーの青果部門でパートをしています。野菜や果物を小分けにして、店頭に品出しする仕事です。

その仕事において母が取っている行動が、まさしく行動経済学の「サンクコスト」を学ぶ上でいい例だったからです。

今回は母のスーパーの仕事を例に、サンクコストについて書いてみます。


サンクコストとは?

サンクコストはすでに支払われた、回収不可能な費用を指します。

英語で表記するとSunk Cost. 

“Sunk” は「沈む」という意味の”Sink”の過去分詞形、「沈められた」という意味になります。

直訳すると「沈められた費用」となりますが、日本語では「埋没費用」などと訳され、ビジネスや投資の世界でもよく使われる用語です。

英語表記はsunk cost。既に投資した事業から撤退しても回収できないコストのことで、埋没費用ともいう。それまでに費やした労力やお金、時間などを惜しんで、それが今後の意思決定に影響を与えることを、サンクコスト効果と呼ぶ。

野村証券


覆水盆に返らず

月額2000円の動画配信サービスに加入したけれど、面白い作品がない。でもお金を払った以上元を取りたいからつまらなくても観ている。

この例で考えてみると、月額を払ってしまったらもう取り戻せません。つまりサブスクの月額2000円はサンクコストになります。

では、元をとろうと面白くない動画を観続けるのは得策でしょうか。
答えはNOですよね。

なぜなら、つまらない動画を観ることで時間を無駄にしているからです。

つまらない動画を観るくらいなら、友達とお茶したり、ジムに行ったり、リラックスしたり、恋人と会ったり、ペットと戯れたり……有意義に使った方がいいに決まっています。

でも人は「もったいない」「払った分は取り戻したい」と思ってつまらない動画を観続けてしまうのです。

払ったお金は戻ってこないにも関わらず。


  • 動画を見続けても月額料金が返金されるわけではない

  • つまらない動画を観て時間を無駄にしている

人はこのように合理的ではない行動をとってしまうことがあります。それはサンクコストに固執するからです。

「覆水盆に返らず」ー行動経済学では自分では変えられないこと=サンクコストは無視するのが得策だ、と謳っています。


カビが付着したアメリカンチェリーの末路は

さて、スーパーの青果部でパートをしている母の話になります。

母はそのスーパーで10年以上働くベテランパート職員です。

野菜や果物が店舗に届くと、箱から出し、洗い、腐ったものなどを取り除き、必要であればカットして小分けに包装し、そして売り場に並べます。

パート職員と言っても昇給試験があるらしく、実技試験ではスイカの6等分が課題だったことも。

「4でも8でもなくて、6等分って難しいのよ。半分を3分割しなきゃならないから!」

昇級試験に受かった当時、母は得意げにそう言って自慢していたのを覚えています。


ある時、バイヤーがアメリカンチェリーを仕入れました。

箱を開けた母はびっくり。大量にカビが付着していたのです。

本来は仕入れられた箱のまま店頭に出される商品でしたが、カビが付着しているものあるので、そのままでは出せません。

困った母は社員に相談。社員が本部に報告を入れると本部からは「全量廃棄」という指示がきました。

ここで母は思いました。

「どうせ廃棄するくらいなら激安で見切り品コーナーに出して売り切ろう」

母は社員も一目置くベテランのパート職員です。長年の勤務と貢献で勝ち取った信頼があるからか、母の提案にNOという社員はいませんでした。

忙しい時間をやりくりして、母はアメリカンチェリーの選定に取りかかりました。

まずは、カビが付着しているチェリーを全部取り出し、残ったチェリーをキレイに洗う。

その上で、小分けに包装しなおして、1袋〇円!のように市場価格をぐっと下回る激安金額で値付けして見切り品コーナーに並べたそうです。


廃棄するくらいなら1円で売り切る

そうして売り場に出されたアメリカンチェリーの生き残り達の末路は……

無事完売、消費者の元へ届き、廃棄数も最小限に押さえられました。

母によると、このような事例は頻繁に起こるとのことで、そのたびに母は「廃棄するくらいなら私がやる!」と自ら名乗り出て選定と再梱包、値付けを担当するらしいです。

農家に生まれ育った母は食材を無駄にすることにとても抵抗があるのです。また、我が家は自営業だったので、その自営で培った商売っ気がそうさせるのだとか。

さらに、主婦歴数十年の消費者感覚と、長年のパートの感覚で「この商品のこの分量にしてこの値段なら消費者は買う」という値付けの基準がなんとなくわかるので、戦略が当たって売り切れた時に何とも言えない満足感があると言っていました。


農作物の場合、豊作すぎて農家が泣く泣く作物を廃棄する、ということがたまに起こりますよね。ニュースになったりもします。

例えば通常1本100円で売っているニンジンで、1本を収穫するまでのコストが20円だったとします。廃棄するはずだったニンジンを売れるなら、あなたはいくらで売るでしょうか?

  1. 50円?

  2. 20円?

  3. 10円?

1であれば100円では売れなくても、1本あたり30円の利益がでます。
2はコスト分は回収できます。トントンです。
3はコスト割れです。



ビジネスにおいては、廃棄するなら1円でも得るのが正解です。

なぜなら、1本のニンジンを収穫するまでの20円は「サンクコスト」だからです。

サンクコストはどうするのが懸命な判断でしたっけ?

そうです、サンクコストは忘れるのが賢い判断です。だから1本あたり20円のコストがかかっていることは考えず、廃棄するくらいなら1円でも回収する、という姿勢を貫くのが正しいということになります。

「サンクコスト」なんて概念を1ミリも知らないであろう母が、感覚的にそれを使いこなしていることに驚きました。


母と電話すると、きまってパートでの仕事の話になり、

「廃棄するくらいなら安くても売り切るのよ!だからうちの店舗は他にくらべて廃棄率が低く、利益率が高いの。今では社員が全部私に頼んでくるわ〜。だから忙しくって~」

と嘆きなのか、自慢なのかわからない話を電話で聞かされます。

いつもこんな調子なのでうざくもあるのですが、無意識に行動経済学をパート職に取り入れている母に対して、心のなかでは「やるな〜」と思っています。

そして母は言います。


「そんなこと考えて行動しても私の懐には1円も入らないんだけどね」

……

……

……



店長さん、母の時給を上げてあげてーーーー!!



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