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第10回・ライターはSNSを活用するべき?

あらためて言うまでもないことだが、旧Twitterからの諸々を加味しても、SNSの勢いは衰えたとは思えない状況が続いている。
私もいくつかSNSのアカウントは持っているし、それなりに利用している。場合によっては特定のSNSでないと連絡が取りづらい仕事関係もある、というのも一因ではあるのだが。

ブログなど(このnoteもそうだが)になってくると、どれほどアウトプット回数にこだわりがあるひとでも、やはりSNSほど頻繁に投稿できるわけではない。
(ここでの「できない」は、もちろん物理的な話ではなく、現実的に、という話だ)
となると、やはりSNSは非常に便利な情報発信ツールというものになろう。もともとTwitterはミニブログなどと呼ばれていた時代もあった。そのくらい画期的な情報発信ツールであることに間違いはないのだ。

しかし、その利便性はときと場合とによって諸刃の剣になりうる。
私はその両面の「害」のほうを理由に、ライターとしてSNSを活用していない。これは正論でもなんでもなく、個人的な考えであり、これが正解だなどというつもりはない。
私の場合、であるが、理由は大きくわけて三つある。

ひとつは「私」が存在してしまうこと、という問題だ。
記者や作家ならさておき、これは私が書きました、と誇るようなことはほとんどない。
また、私の場合は著作権の絡みがあるケースがあるものの、あまり「私」というものを出したくないタイプだというのもある。
作品であれ記事であれ、それが文字情報として読み手に伝わることが最優先だと考えているので、そこに「私」をあまり介在させたくないのである。
ただし、これは個人的理由でもあるので、自分の認知度を上げたいならこの考えは捨てたほうがいい。むしろ、小さな記事でも掲載されたら、大々的に紹介していかないと認知度は上げられないだろう。

もうひとつは、SNS経由での仕事を求めていないというところにある。
はっきり言ってしまえば、たとえ初心者や副業のレベルであっても、クラウドソーシングなり求人サイトなり、適したところで仕事を探すほうが早い。公募なら公募をまとめたサイトがある。
SNS経由で仕事を探すメリットがないのだ。
今の私はさすがにしかるべき方法で契約をいただく側になっているので、メリットは皆無といっていい。

最後の理由は、文章力や語彙力がダイナミックに表れてしまうということだ。
これもメリット、デメリット両方あり、個人のこだわりというところもある。
ライターが書く文字は、その媒体がどんなものであれ、仕事であれ趣味であれ、一定程度の責任を持つ。内容にかんしてはだれもが同じ条件下にあるが、表現にかんしてはそうはいかない。
情報発信をしているつもりで、頻繁に誤字脱字や表現の誤用を繰り返しているライターを、だれが褒めるだろうか。ほとんど似たような文章ばかり投稿しているライターに、だれが仕事を依頼しようと思うだろうか。
もちろん、推敲を重ねて情報発信するという方法をとれば回避できるリスクではあるが、私は個人としてSNSを利用しているだけなので、そこそこに息も抜きたい。というわけで、そこまでのリスクを負う覚悟はないのである。

ライターがSNSを活用すべきかどうかはゼロイチで語ることができるものでもないし、正解があるわけでもない。
それでも、自分に益をもたらすツールであるかどうかを一考せずにおくというのはもったいない話だ。それが活用しないという結論になるにせよ。

なお、ネットで調べるとSNSの使用を推奨する記事がSEO(検索エンジン最適化)によって出てきて、セルフブランディングができてよい、仲間と交流できる、という理論が蔓延っているが、それは捨て置くべきだろう。
ライターはブランディングや馴れ合いでは生きていけない。資格も得られないこの職でやっていくために必要なのは、経験だ。

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