バラナシで見た、目の前で人間が焼かれて骨が軋む音。
コルカタから夜行の寝台列車に揺られて20時間。
エアコンが効きすぎて、完全に冷え切った車内で目を覚ました。
今はどの辺だろうとカーテンを開けて窓の外を眺めていると、電車が少し止まり、私よりも若い少年が熱々のチャイを売りにやってくる。そしてまた電車はゆっくりと動き出す。
前日に泊まったコルカタの宿で予約してもらったバラナシまでの列車。
「安く済ませたいから3等でいいよ」と言ったけど、宿のおじさんは「2等にしときなさい。」としきりいう。値段は結構違ったけど、そこまで言うなら...とそのまま電話で確認して予約してもらった。
何十時間も乗った私は、「3等車にしなくてよかった」と心から思った。自分の車両を探すときに横目に通り過ぎた一つ下のクラスは、席どころではなく人間と家畜で溢れかえっており、客が床で寝てるくらいのタイの3等車とは比べものにならない。さすがインド。
列車を降りて、バラナシの川沿いまでは少し距離があるので駅前に出て、乗るリキシャを探す。
「No No!」と客引きをかき分けて、なんとなく直感で自分が乗るリキシャを選んだ。
「ガンジス川沿いの安宿街まで。How much?」
リキシャで暇そうにしてるおじさんに声をかけると、3倍くらいの値段を言われ、じゃあ他を探すからいいよと離れるふりをしたら、「待って待って!」とおじさんは半額の値段を提示する。こんなのはお決まりのやりとりだ。
なんとか値段交渉をして街まで連れってもらいお金を払うと、「足りないよ!」と交渉前の値段を言われ、またモメる。ばかばかしいので無視して歩き出すと、おじさんも自分が誤魔化そうとしたのをわかっているのだろう、もう追いかけては来ない。
活気にみちたガンジス川沿いのメインストリート。
「おお〜ここがあのバラナシ。神聖なガンジス川。なんだかエネルギーを感じる。。」
そんなことは思わない。
ここはインドだ。バラナシだかガンジス川だか知らないけど、人人人で道には牛の糞だらけ。雨上がりで泥なのか牛の糞なのか人間の糞なのか分からない。臭いはひどいし、泥はねで私の足は汚れ、インド人に指をさして笑われる。(インド人曰く、歩き方が下手らしい)
「見てんじゃねーよ!」
コルカタからバラナシとインドに滞在してまだ1週間。私の口はすでに悪くなっていた。
やっとのことで予約していた宿を見つけ出し、荷物を降ろしてお腹を満たすために街に出る。
「もうカレーは飽きた。カレー以外が食べたい。」
そう思い、道端に売ってたコロッケのようなものを買ってみたが、中身はカレーだった。
もうツッコむ気力もないので黙って食す。
とりあえずお腹に入ればなんでもいい。
私はバラナシに来たら絶対に見たいものがあった。
それは聖なるガンジス川で死にたいと願ってやってくる人たち。ガンジス川で火葬されて"母なるガンガー"にかえっていく魂たち。そんな場所がインドに来る前から気になった。
ガンジス川はヒンドゥー教徒の聖地であり、非常に神聖な存在。
だから、『自分の最期はガンジス川のそばで』と願う人が多いのだ。そのため、バラナシには火葬場がいくつもあって、毎日あちらこちらで煙が上がっている。
私はまず、高台にある火葬の煙を眺められる場所を訪れてみた。なんてことない空っぽのコンクリートの建物。
そこでぼーっとガンジス川とあちらこちらに上がる煙を眺めていた。
外国人インド人問わず観光客も多く、今家族がまさに火葬されているんだろうなと言う感じのインド人たちと一緒に、人が焼かれている煙を眺める。
「この煙は人を燃やして出る煙なんだ...」と言う感じで、この時は火葬場が遠かったからか、あまり深いことは考えなかった。
もう少し街を歩いてみようと、高台を降りて道を進んでいたら、階段を降りた先に人がごった返す材木置き場のような広い場所に出た。目の前が少し煙たい。
『ゴミでも燃やしてるのかな。なんでこんなに木がいっぱいあるんだろう??』
少し気になった私は、あたりを見渡していると無造作に置かれた木材の一部が、綺麗に組まれていることに気がついた。
『あ、ここは火葬場なんだ』
私がそのことを理解すると同時くらいに、わー!とやってきた男の人数人が、私を道の端に避けさせた。男性たちが数人がかりで担いでいたのは、布でぐるぐる巻きにされている物体。それは明らかに遺体だった。
男性たちは事前に組まれていた組み木の上に遺体をセットし、遺体を囲むように家族が見守る。家族の一の人男性がそっと組み木に火をつけた。
炎はすぐに組み木全体に広がり、ゆっくり遺体を包み込んでいく。
体を覆っている一番上の華やかな布を燃やし、
その下に表れた色の違う布を燃やし、
中から肌のような色が見えた。
ゆっくりじわじわと皮膚全体を炎が覆っていく。
私の目の前3メートルほどの出来事だった。
家族はしばらくその様子を見守った後、違う場所へと移動していったけど
私はどうしても目を離せなかった。
ミシ...ミシミシと骨が軋む音がする。
炎の中の体はゆっくりと変な形に曲がっていき、突然炎がバチっとはねる。
じわりじわりと肌を焼いて、黒い炭のようになっていく。
『人間ってこんな風になくなっていくんだ。』
幸い平和な時代に生まれて、立派な火葬場しか私は知らない。今まで人が焼かれる前と焼かれた後しか見たことがなかったので、道端のその景色と、人が焼かれていく過程はとても恐ろしく、でも神聖に感じた。
火葬場を後にしようと遺体に背を向けた時、少し先に見える狭い路地に座ってるおじいさんとおばあさんがいた。
「ただ座ってるんじゃないな。きっとここに住んでるんだ。」
その身なりと、屋根もない場所に作られた最低限の寝床・食器などを見て、一瞬でそう思った。
『死んだらガンジス川にもどるのがヒンドゥー教徒の望み。』
いつ死んでもここなら誰かが燃やしてくれると思ったのだろうか。まるで最期の時を2人で待っているようだった。
生きるとは死ぬとは何なのか。
そんなことをぼんやりと考えたバラナシだった。
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