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菓子焼きとビ助の話

前回の往復書簡
『Over the rainbow』

『大人の視線の届かぬ部分というのは尊い』
『大人はそう言うけど、私は…というような真っ白な部分が残ってくれたらいい』
本当にそうだね。わたしも同じように思う。わたしたちも親である前に人間なので、エゴやフェティッシュ上等で、それを抱き抱えつつ、目の前の唯一無二の存在に器用にはコントロールできない愛だの関心だのを注いでしまう。だからこその、見えない時間と、真っ白な部分頼み。

わたしには、ちょっとした憧れがあって、自分の大好きな友人達に、個と個でむすめたちに向き合ってもらう時間が、彼女たちが育った先に訪れたらいいなぁと思っている。みんなわたしにないものを待ち合わせた素敵な人たちで、わたしには及ばぬ気づきや視点や気持ちを与えてくれるだろうなあと思うから。まいちゃんも、無論、その一人。  

今は日曜日の夕刻。一日中何かしらに追われ、やっとひとり外へ出た。早々と暗くなり、ぐっと冷え込み、人々はみな家路を急いでいるようにうつる師走の宵の口。年若い頃、日が短く、寒くなると、その心細さに飲み込まれ、人恋しくなったものだった。今や一人で思うさま深呼吸をしたくなって家を飛び出すのだから、身に余る幸せだな、と、思う。いつもの喫茶店で、ブランデーをたらしたマシュマロコーヒー、という洒落たものを飲みながら。

今日は菓子焼きのこと、について書きたくなった。前にまいちゃんも話題にしてくれたが、わたしはたまに、菓子を焼く。

お菓子作り、という嗜みに世の少女の大半と同じく憧れ、小学校高学年くらいになると本を借りたり買ったりして挑戦してみたのだけれど、準備から後片付けに至るまでのそれは結構大変なことだ、と、思い知ってから、パタリとしなくなっていた。そもそも、甘ったるいものより塩っ辛いものが好きということもあって。

時はめぐり、産後。わたしは今までの人生の中でも一際に、粉物を欲していた。炭水化物の第一位は不動のお米一択だったけれど、命を繋ぐものとしてより楽しみとして、小麦のものを求めていた。クッキー、スコーン、パン、マフィン、などなど。しかし皮肉なことにその欲求に反して、わたしの体は、乳脂肪の消化に耐性がないようだった。バターを使ってあるものだと、乳腺炎を起こしてしまう。悪寒からの高熱、胸の痛み、乳腺炎は辛いものだ。食べたい、でも食べられない、、乳脂肪を使わないヴィーガンおやつ、というものもあったが、授乳期の底なしの胃袋には量もお値段も不釣り合いな高嶺の花だった。必要は発明の母。それで、菓子を焼くようになったのだった。

初めて作ったのは、クックパッドに載っていた植物油で作るスコーンだったか、お菓子作りのど素人だったので、ちっとも生地がまとまらなくて、触りすぎ、カチコチのものが焼き上がった。見事な大失敗。
それから少しずつ、本を買ったり、上手な人にアドバイスをもらったりして、レパートリーと経験値を増やしていった。

赤ちゃんであった長女のお昼寝の最中に、意気揚々と、しかし息はひそめ、捏ねたり、まとめたり、成型したりして、えいや!と、オーブンにいれる。静かな部屋に少しずつ立ち込める良い匂い。お昼寝から目覚める頃に焼き上がるバナナケーキやクッキーやスコーンを、目覚めが悪く泣きべそがちだった長女とふたりで、頬張った。

目に見える達成感というものが不足しがちな育児の中で、オーブンを開ける瞬間は最高に満ち足りていたし、泣く娘と弱るわたしをなだめてくれるほかほかのおやつ達は、まだ駆け出しの母だったわたしにとって心強い相棒で、夢中で焼き続けた。

そして、今。気が向けば、時間があれば、朝ごはんにスコーンを焼こうか、おやつにクッキー焼こうか、というくらいには、菓子を日常的に焼く人になった。小さな娘との日々から、お腹と心を優しく満たすもの、そんな位置付けで、思いをのせて焼いてゆく。
食べてくれる人が、娘たちのみならず、わたしや娘たちの友人に広がり、そこで交わした言葉やエピソードは、わたしの焼き菓子たちを更に愛おしく深いものに育てていってくれた。

そんな焼き菓子が、今、遠く離れた友人たちに、わたしの気持ちを届けてくれている。わたしは言葉が好きで、少しでも分り合いたくてついつい言葉を重ねてしまうのだけれど、届かぬ場所のなかなか会えぬ人たちに食べ物が伝えてくれることの大きさ、優しくお腹を満たすということの圧倒的な説得力、には感服してしまう。
そして、こんなご時世でも、食べたいなと言って美味しく味わってくれる友人たちの存在こそが、大切なスパイスで、最高の隠し味。
一人で焼くけれど、一緒に仕上げる感じ。だから菓子焼きは面白い。


写真は今日焼いた、友人を次々虜にしてゆく麻炭入りのビスケ。kinacoさんという方の塩麹ビスケのレシピをベースに、麻炭を混ぜ込みアレンジしたもの。地粉、完全粉、麻炭パウダー、菜種油、甜菜糖シロップ、塩麹、塩。ベーキングパウダーさえも使わない簡素な配合なのに、プレーンのもの(これも無茶苦茶に美味しくってkinacoさんは天才だと思う)に比べて深く丸く優しい味を醸す。きっと麻炭の力。はかりしねれない麻炭パワー。愛おしさ極まって、ビ助と呼ばれ始めた🌚
まいちゃんにもあれこれ食べてもらってきたけど、真っ黒ビ助をお裾分けできたことはあっただろうか。まだだったならば、今度ぜひ。

東京は明るすぎて、流星群はみられなかったけれど、冴えた空気の中、瞬く星を眺めた時間は素敵だった。
もうすぐ新月だね🌚

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