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心療内科へ行ってみた

なんか、俗っぽいタイトルになってしまったw w

昨日、5月8日に心療内科へ行ってきました。
と言っても、初めて行ったわけではなく(そこの場所は初めてでした)
stand fmでも話をさせていただいたのですが、心の不調があって行った・・のと、少し違うんですよね。

家族の(旦那のぞく)心配もあり、母と弟が通っている診療内科の先生が「娘さん大丈夫ですか?」と心配の声を下さっていたらしく、先だって言った大学病院の耳鼻咽喉科の先生と脳内神経科の先生と脳外科の先生と・・揃って「一度心療内科を受診されてみては」とアドバイスを下さって・・・

私個人としては「Σ('◉⌓◉’)え?私・・変?」ってなったんだけど、まあ変なのはデフォだよね。

で・・・耳鼻咽喉科に通っている段階で、メニエールな訳なんだけども「イソバイド」は効果がなく(これがまた◯そほどまずい・・・)他のお薬を処方する段階でおしゃべりをしたわけです・・・

もしかすると、目眩はストレスからきているのかもしれないね・・ということで、心療内科の話だったわけですが・・・話していたら・・「気がついて」しまったんですねぇ。

「え?私・・もしかしてすごく大変な崖っぷち?」

こんな感じ・・・で、喘息を見てくださっているいつもの主治医にその辺りの話と、血液検査の結果をお見せして・・「あー・・・予感はしていたんですよ。でも、お母さん(家族で見てもらって痛面があるのでそいう呼ばれる)までとなったら〇〇家全滅になるかと・・」という話w w w

全滅てw w
まあ、いつもいくと出来るだけ(混み具合による)話を聞いてくださる先生なので、良い方ではあるのですね。
んで、次回(1ヶ月に1回いくので)来たら心療内科紹介しますね・・と言われていたんだけども・・・・その前にヘタれたわけです。

人間、さまざまな環境の中でどのような人も相当ストレスを溜めて生きているのだと思うんだけど、見なくてなんとかなるならと見ないか、暗示をかけるではないですか。
優しい人は誰かに八つ当たりしないから、ずっと我慢するし、下手したら自傷行為することもある・・私的に「心療内科は普通に言っていい場所、お医者様」と思っているので。
昔のままの考え方の人だと「おかしくなった人」とか「精神的に問題がある人」なんて思う昭和の考え方(いや、私も昭和だけどさ・・)がまだまだ多い。

でも、これからのストレス社会の大爆発(と私だけが呼んでますけど子)の時代なのだから、助けの手を早い時から持っておくのが好ましい・・・

で・・・ふとしたことでするっと心療内科の申し込みが出来てしまい(主治医の紹介ではない)昨日行ってきました。

霊狐は尻尾の数がさまざまです。


まずは、問診票を書き順番を待ちます・・・
その間、周りを見ると端っこに体育座りの人もいます(しんどいんだろうな心身ともに)
女の子2人で来ている子もいました(家族より友達の方が楽というのもありますよね)
椅子に座ってノーパソ開いて仕事している人もいます(心療内科に来ているのに仕事に追われているのかな・・・)
本当にたくさんの方が来ておいででした。

医師もカウンセラーも人数が多めのなのか、意外と早くに呼ばれ「眉毛に特徴のある先生」に出逢いまして・・お話をしました。

その後、カウンセリングを受ける話が出て、空き枠を見てもらったら幸いなるかな10分後の枠が1つ・・・ありがたくそこに混ぜていただき、カウンセリングを受けました。

なぜ、心療内科を決断したのかといえば・・・

AIアートは表現するのに本当にありがたい。

喉の甘ーい・・・やっすいキャンデーが詰まっている間とか、目隠しする位置が痺れていたりとか、そんなこともあってまず耳鼻咽喉科だったのですね。

この目の周りとかに関しては三叉神経がトラブっている可能性もあるというので、大学病院だったわけです(脳の不安もありましたし・・あ・・・頭悪いのは通常運転です)

そしてカウンセリングを受けて、目隠しが目の位置が空いている解決ゾロリ的なマスクになりまして・・今朝はより一層、痺れというか何かが少ない感じがしています。

移動型ストレス表現(と、私が勝手に呼んでいますが)1箇所を解決すると、他に出るみたいなことってありますよね・・それと同じで、この後どう出るかはまだわかりません。
しかし、カウンセラーの方とお話ししていて「自分が置かれている環境」に目が向いたことが改善と新しい問題を見せてくれました。

問題はここからです・・
およそ、5月8日にカウンセリングを受け22日に2回目を受けるのですが、8日から1週間が大きな揺れが来る時ではないかと思っております。

だってね?
よし頑張るぞ、前を向いて進ぞっと邁進してきてて、重たいな、歩きにくいな・・でも、頑張るしかない、前向け前・と進んできたわけです。
それがふと足元を見たら物凄い足枷があったことに気がつく・・わけですよ。

大抵の場合「なんでどうして、なにこれ??」って狼狽えますよね。
どうしたらいいんだろう・・が、自分のことだけ以上に問題の中にはたくさんのものが詰まっています。
自分ではどうしようもないことも詰まってます。

私の場合は軽度と言えばすごい軽度な状況だと思っています。
だからこそ、紙に書き出して「歩きやすくする」という方法をとっています。
つまり、片付けを始めると見えてなかったものまで見る羽目にもなるわけです。

もし、あなたにご家族がいて、その方が悩んだり弱ったりしているなら、そっとそばにいていただけるのがいいかと思うのです。
よく「そばにいるだけでいい」と言われると、私もそうでしたけど「どうしてあげたら・・」という思考が出ます。
喫茶店でなら、相手と美味しくお茶をする・・・
家でなら、隣にいて無言でゲームしててもいい・・

「1人ではないよ」という温かさだけでいいのだと思うのです。

そして「片付けをしたいの」と言われた時に、「じゃあ手伝うね」くらいのスピードで。
優しい人は自分を傷つけて我慢します・・理由は「自分にとって大切な人を傷つけたくないから」という方が少なくないと思うのです。

日本の心療内科への意識はまだまだ古い状態です。
オーストラリアにいる友人が言っていたことがあります。

「体の傷や病気を見てもらうのに、日本人は心の痛みや病気を見られるのは恥だと思ってる・・そんなことないのにね」

そう、誰でも辛い時があります。
そこには隠されたものがあります。
「怠けている」わけでもないし「手を抜いている」わけでもなく、「努力していない」わけでもないんです。

人は1人では生きていけないのですから。

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