マナー2.0

昨日clubhouseで、大学生がモデレーターを務めるルームがありました。
題材としては、今の大学生に「今しておいたほうが良いことを教えて」というもので、いろんな大人が手を挙げて、楽しそうにお話していました。
それを聞く大学生は、とても丁寧に話を受け取り感謝していたのです。

内容もおもしろかったのですが、気になったのはその手を挙げて発言している大人と、それを聞く学生の立ち位置。(力関係とでも表現するとわかりやすいかも)
大人たちは、どこかに「我々は先輩だ」「教えてやる」「しらないだろ?」みたいなちょっとしたマウンティングがあったように感じてしまったのです。


一方でモデレーターの学生は、完全にフラットな視線でありつつ、相手への配慮と敬意が感じられました。


これはclubhouseというプラットフォームをナチュラルに理解して、SNSという壁のない世界での振る舞い、所作、礼儀を知っているか知っていないかが如実に表されたものだと思います。

壁のない世界においては、誰もが平等であるにもかかわらず、年齢が高いからちょっとエライ的な感じになっているのはなんだか不思議なものなのに、大人は体に染みついた年功序列が消えないのかもしれない。


「ダサい」 そんな言葉が頭をよぎりました。


体に染みついた年功序列と、マウンティングを取ることで自身を確認するスタンスはダサいと思うんです。

明確な上下関係がある日本の会社とは、まったく異なるSNSを通したフラットな関係性。(壁のない世界)
この環境における、マナーとは何か。

マナー2.0を考えたいと思います。

昨日の壁のない世界でのマナー 改め、「マナー2.0」についてです。

SNS等を利用して距離はおろか、年齢、性別、職業、志向性、責任など、すべての壁が取り除かれた世界においては、誰もがフラットになると想定します。
その世界で必要なマナーが「マナー2.0」
誰もが平等なので、マウンティングを取ることが「ダサい」
マナー2.0においては、マナー違反を無礼と取るのではなく、ダサいと感じます。
では、マナー2.0を体現するとどんな良いことがあるのか。
ダサい⇔カッコイイ なので、まぁ単純にかっこよくて、人から好かれるんだと思います。(≒バズる?)
ただ、カッコイイ以上にマナー2.0がもたらすものは大きいと想像しています。


壁を分解すると、「物理的障壁」「認知バイアス」の2つがあるとして、、、この壁が無くなる世界。

その壁の無い世界にもSNSでは壊せない、もう一つ壁があるのです。
それは、人の中にある「心の壁」だと思います。


お互いが虚像であって、それでも実在していて、同じ空間でコミュニケーションを取るときに、そこに唯一残るのは、各個人の中にある「心の壁」

心の壁は相手に対する信頼、信用によって溶けていくもの。
マナー2.0によって得られるものは、相手からの信頼です。
その信頼があるからこそ、相手は自身を自己開示して多くの気付き(情報)を分けてくれる。

結果として、マナー2.0は誰よりも多くの情報を得ることが出来るという利点があるように思います。
マナー2.0は相手の壁を溶かし、開放させること。

利他の精神、謙虚さを持った所作。

それがこれからの時代の「マナー2.0」となると考えます。

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