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A Roadside Stone 1938
https://youtu.be/87_au2fPy6U <Script> A Roadside Stone 1938 directed by Tasaka Tomotaka A boy is running down the morning street with his school bag slung …
嵐に咲く花 1940
これは1935年改造社から出版された明治建設「エル・ドラドおけい」の物語を土台にした映画である。原作者は木村毅(きむら き)1894-1979。
「沼津兵学校」は徳川武士たちの移住がテーマとなっているが、こちらは徳川家の武士以上に行き場のなくなった会津の人々。
物語は会津二本松の郷士、増水家の数奇な運命をたどる。長男正一郎は京都、大阪をまわっているうちに時代の変化をとらえていくのだが、会津藩はか
沼津兵学校 1939
兵学校というから昭和の時代のものかと思っていたらこれが幕末の話。偶然だがこのチャンネルCinema Japan Retrospectiveで幕末ものが続いた。「狼煙火が上海に揚る」(22)、「嵐に咲く花」(24)。続けてみてもらえれば理解しやすいのではないかと思ったが、こういう地味な映画はよほどの日本通のおたくでなければ手が出ないかもしれない。
沼津兵学校の成り立ちを見るとこれが実に混乱した時期
いわゆる南京事件の時代背景
ChatGPT 世界の紛争 1937年
なぜ日本において戦後まで大国の租界があったのか。
その事実と照らしあわせ、当時のアジア諸国の情勢がどうだったのか、ChatGPtに聞いてみた
Maya
1937年に起こった世界の紛争の事例を教えてください。
ChatGPT
1937年には世界的な紛争が複数起こっていましたが、その中でも最も有名なのは以下の2つです。
日中戦争(1937年7月7日〜194
吾輩は猫である 1936
Cinema Japan Retrospective by Maya Grohn
吾輩は猫である 1936
有名な夏目漱石の原作「吾輩は猫である」を土台にした映画である。
この映画は1936年の作であるが、原作における猫の年は征露2年、すなわち日露戦争(1904-5年)の2年後と推定されているのに対し、映画では第一次世界大戦(1914-1918年)前後に設定されている。これはおそらく監督のアイ
假面の舞踏 1943
Cinema Japan Retrospective by Maya Grohn
監督 佐々木啓祐
脚本 野田高悟
映画内で触れられている安政条約というのは、安政五か国条約のことであり、江戸幕府が安政5年 (1858) にアメリカ、オランダ、ロシア、イギリス、フランスの五か国とそれぞれ結んだ不平等条約の総称である( Ansei Five-Power Treaties )。不平等とは、すなわち、
京洛の舞 1942 野村浩将 監督
Cinema Japan Retrospective by Maya Grohn
物語は、文久三年五月二十日(1863年7月5日)、尊王攘夷を唱える過激派の公家として知られた姉小路公知(右近衛少将)が、禁裏朔平門外の猿が辻で暗殺された事件を土台にしている(朔平門外の変、もしくは猿が辻の変)。現場には犯人のものと思われる刀が残されていたという。
京洛とは京の都(洛は唐の洛陽)。古来、日本では奈良
Cinema Japan Retrospective
はじめに
阿羅健一著 「南京事件 日本人48人の証言」
私はこのYouTubeのCinema Japan Retrospectiveのチャンネルを立ち上げる前に阿羅健一氏によって編纂された「南京事件 - 日本人48人の証言」を英訳した。これは南京城が陥落した1937年12月13日当日およびその前後の期間に現場にいた人々の証言集である。
The Nanjing Incident: Japane
Cinema Japan Retrospective
1.Oboroyo-no-Onna 朧夜の女 1936
2.Katei Nikki 家庭日記 1938
3.Genroku Chushingura 元禄忠臣蔵 1941 (Narration)
4.Niji-tatsu-Oka虹立つ丘 1938
5.Shin-Josei-Mondo 新女性問答 1939
6.Akanishi Kakita 赤西蠣太 1936
7.Kibo-no Aozora
A Roadside Stone 1938
https://youtu.be/87_au2fPy6U
<Script>
A Roadside Stone 1938 directed by Tasaka Tomotaka
A boy is running down the morning street with his school bag slung over his shoulder.
All the children atte
胡桃沢耕史 「黒パン俘虜記」 書評
私は阿羅健一氏の「南京事件 日本人48人の証言」に続き、この「黒パン俘虜記」も精読いたしました。つまり英訳したのです。
戦後シベリアに送られた日本人は約60万人。そのうち2万人はモンゴルに送られました。その数奇な記録です。本書は翻訳の前にかなりの期間を隔てて3度ほど読んでおりましたが、読むたびに胸をうたれました。翻訳の速度で読み直してみるとその感動はさらに生々しく迫ってきます。
私は作者
The last notes by Noda Tsuyoshi (major) and Mukai Toshiaki (major), who were accused for the contest to kill 100 people using a sword in the battle of Nanjing
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Noda Tsuyoshi (1912-1948) Major
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I declare to the Japanese people;
I am Noda Tsuyoshi, written on the news
阿羅健一著「南京事件 日本人48人の証言」英語版
聞き書き「南京事件ー日本人48人の証言」の英語訳がアマゾンで出版されました。電子版はキンドルで。日本の方はもちろん日本語の文庫版書籍と電子版がありますのでそちらをどうぞ。
https://www.amazon.co.jp/Nanjing-Incident-Japanese-Eyewitness-Testimony/dp/4867280224/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%8