のんびりとした温暖な気候の山間部にあるのどかな村。
その村では最近一つの面倒ごとががおこっていた。
どうやら、西の森にある墓場に人食い虎がでたというのだ。
もうすぐ彼岸との夏祭りがあるのに人食い虎がいたようではそれどころではないと村人たちはほとほと困っていた。
見かねた村長は、村一番の力じまんであるダシマルを家によびつけた。

「ダシマルよ」
「なんだい、村長さん」
「お前はいま、いくつだ」
「ことしで、十と五になるよ」
「そうか、大きくなったな、虎の話はしっているか」
「ああ、しっているよ。でも、誰もこわがって確かめてないじゃないか。ほんとうに、いるのかな」
「うん。そうだ、うん。ダシマル、おまえさん。どうかその虎をやっつけてくれないか」
「いいよ、いいよ。だっておれしかいないじゃあないかこの村で虎退治にぴったりなのはさ」
「そうか、そういってくれるか。さっそく準備をしてくれ。ほれ愚図愚図するな。」
「わかってるって、ああそうだ、弁当をもたせてくれよ、あれ。うまいやつ」
「なんだ、なんだ。ああ、あれ、焼き味噌か。いいぞ好きなだけもっていくがいい」
そんなもので虎がいなくなってくれるなら安いものだ、と村長は両手いっぱいの焼き味噌をもたせてくれた。
ほんとうのことをいえば、水あめも欲しかったのだがそれは虎をやっつけた後にお願いすることにしよう。
その足で自分の家に立ち寄り、握り飯をいくつかこしらえた後に早速西の森へと出向いた。
村と墓場の途中で、休憩するのに丁度よい沢がある。そこで握り飯と焼き味噌をくらおう。うん。そうしよう。

*****

沢へ着き、こしかけるのにぴったりな石を見つけるとダシマルはそこに落ち着いた。
握り飯と焼き味噌を手提げの袋から取り出し口に放り込む。うまい。
こんがりとした風味が食欲をそそる。流れる沢の音が耳に心地よい。
ぎゅむぎゅむとした硬い玄米の握り飯の感触が、焼き味噌に合う。おれは食事のたびに食事がうまくなっているな。
ああ、よく食べた。おなかがいっぱいだ。多いと思った焼き味噌だったが、葱がふんだんに混ざっており食欲をそそられ、握り飯も焼き味噌もほとんどたいらげてしまった。
そのまま寝転がり空を見上げる。もうすぐやってくる夏を感じさせるような落ちきった空だった。今日は星がきれいかもしれない。
星が見たい。昼間でも見れるだろうか、目を閉じて、開き直すと、目の前に虎がいた。
「うああ!」とダシマルは飛び起きた。あわてるな、まだかじられたわけじゃあない。爆発したのは、こころだけで、からだではない。
サッと立ち上がり、虎と向き合う。なんだこれは。随分と小柄な……いや、虎というよりもこれは虎の被り物を……。
とダシマルが考えるやいなや「ヤッ!」と一声虎がこちらに飛びかかってきた。ギラリと鋭い短刀を携えて。ええい!
ダシマルは刃物に動じるような男ではなかった。虎、いや虎の被り物をしたそいつの手首をぐっと掴むと、そのまま押し倒し馬乗りになった。
転がっていく短刀。ジタバタとダシマルの下で暴れる虎。ダシマルは観念しろ!とばかりに虎の被り物を奪い取った。そうすると。
そこには虎ではなく、まるで狼のような少女がいた。
「なんだ、お前は」
「返せ、返せ!」ダシマルが奪い取った虎の被り物を必死に取り返そうとする少女。
「ジタバタとするな、お前は負けたんだ」
「畜生、畜生……見るな」
馬乗りになったダシマルの膝で両手を押さえられた少女は、伏し目がちに唸っていた。
「お前が、人食い虎か。いや虎では無いのだろうが、村のみんなを襲っていたのはお前か」
「そうだ、何が悪い」
「どうしてそんなことをするんだ」
「うるさい!みるな!」
放っておくと今にも舌を噛みそうな勢いの少女。
「わかった、わかった。おちつけ。落ち着いてくれ。話をしたいだけだ。いいか。ゆっくり離れるから」
見かねたダシマルはそおっと力を抜いて、立ち上がり、後ろへと下がった。
少女も寝転がった姿勢から粗雑な座り方へと体をなおし、唸り声に近いような声を上げてこちらをねめつけている。
どうやらこちらの声を聴くつもりはあるようだった。
「よし、いいな。話すだけだから。逃げるなよ。まず、お前の名はなんというんだ」
「そんなものはない」
「ないってことはないだろう」
「ないからないっていっているんだ」
「しかしお前、親は」
少女、遮るように「ここだ」とペンダントを差し出す。それは骨のようだった。
「ここってお前、それは骨じゃあないか、どういうことだ。お前の親はもういないのか」
「ここにいる、ここにいて、わたしに話しかけているじゃあないか」
「わかった、わかったからそれでいい。もう一つ教えてくれ」
「なんだ」
「お前はなんで、村のみんなを襲っているんだ」
「母さんがそうしろと言っていた、これになる前に」
変わらずグイとペンダントをこちらに差し出す少女。
「シッチャカメッチャカだなおまえは……」
「そんなこと、しらん」
「うん。わかった、まて。しかしお前の母さんは、なんでそんなことをいったんだ」
「母さんはわたしが生まれるまでずっと一人ぼっちだったんだ」
「うん。うん。おまえたちは、村にはいなかったからな」
「ちがう、そうじゃあない。母さんは一人にくわえてぼっちだだったとよくいっていた」
「いや、わからんよおれは。世界のはなしか。おまえたちの世界の」
「母さんがこれになる前、言っていたんだ。ムラとやらには一人ぼっちになるべき男が一人いるって、それを倒せば、母さんはまた笑えるって」
「わからんって、どこに向かう話だ。そういう光の話は、夜にやってくれよ。こんな爽やかな昼間にはやめてくれ」
「おまえがきいたから答えている!」
「ああ、そうだ。すまんすまん。でもお前、虎じゃあないんだな。なんだよ、腕試しにきたのに。なんだか残念な気分だよ。そういう心の出力みたいな話はニガテなんだ」
「いいんだ!これは母さんの、母さんの!」
「いやいや、わかってる。いいんだ。それをどうこうする気はない。でもお前、おれは村長に報告するよ、虎はいなかったって。女の子が一人いるだけだって。そしたらお前、ここらへんから追い出されちまうぞ。怪我する前に、さっさとどっかへいけよ」
「……」
「黙っていたって、みんな前のめりに進んでいくからな。いいな、逃げるんだぞ」
くたびれた、と言った様子でダシマルは踵を返す。転がっていた自分の手提げ袋を手に取る。少し重さを感じる袋の中身を見て、あ、とおもいだした。
「そうだ、これ握り飯と、焼き味噌。うまいぞ。おいておくから、よかったら食べてくれ」
「なんで」
「うまいからだよ」
「ちがう、なんでくれるんだ」
「ああ……そうだな。うん。もうすこし、自分のために生きていいんじゃないか、それだけだよおもうのは。いや、喋りすぎて、殴られたようにあごが痛い」
じゃあな、と一言ダシマルが告げ、手提げ袋を少女の前に置いた。

少女はその袋に一瞬目を落とすと、片手をすっとあげて、こちらに向けて一言。

「まて、あしたも来い」
「なんでだよ」
「……わからない」
少女は、その時だけ本当に動物のように虎のように、まっすぐな顔でおれをみていた。
虎殺しは終わった。

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