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小説「走馬灯チャンネル」

「山本君って鈍臭いよね」

三年先輩の島崎あかりさんが、社内で僕にだけ何かとつっかかってくることに、気付いてはいた。だけど、そろそろ我慢の限界かもしれないと、その日僕はバイクを走らせながら考えていた。

同僚に言わせれば、島崎さんは可愛い顔をしているらしい。だけど僕はちっとも好きになれない。厳しい仕事、他人に媚びないドライな性格、なのに不思議と社内では人気がある。そこも癪に触る。

突然、鹿が飛び出してきた。
僕はビックリして、思い切りハンドルを切った。勢いよく倒れたバイクから、僕は投げ出される。強い痛みが全身を走る。その勢いのまま僕は、路外の崖下に弾き出された。

死ぬ瞬間はコマ送りに見える、というのは本当だった。このまま死ぬのか…、と思った、その時。

身体は宙に投げだされたまま、辺りの景色がぼやけ始め、僕の顔の目の前に横長の画面が映し出された。ポップなメロディと共に映るその画面には、なんと、僕が居た。

『ハイ、始まりましたーッ!走馬灯チャンネル!こちらはですねェ〜まさに今!死にゆく僕の為のチャンネルです!』

名誉の為に付け加えるが、僕は普段こんな風にチャラけて喋ることはないし喋った記憶もない。しかし目の前で喋るのは紛れもなく、僕である。

『これからまさに走馬灯を見ようとしているソコの僕!見たい走馬灯を下のウォッチリストから選んでね。ただし、ここで注意点!見られる走馬灯は1本のみ!心して選ぶように!以上ッ!ではまた来世でね!バイバーイッ!』

満面の笑顔で手を振る僕はそこで消えた。何度も言うが、身体は投げだされた体勢のまま宙に浮いている。

僕は終始戸惑っていたが、目の前の横長の画面には数本の映像が用意されている。試しに僕はその画面を、恐る恐るスクロールしてみた。
おお、スクロールされる。

「産まれてみた」
「母乳を飲んでみた」
「つかまり立ちしてみた」

至極ふざけている。
そしてすごい量である。何本あるかは分からない。ただ並んでいるのは間違いなく僕の映像である。

「犬を触ってみた」
「海に足をつけてみた」

僕は面白くなってきた。
人生の縮図のタイトルを見ているだけで楽しかった。しかし時間は確実に過ぎているようだ。宙に投げだされた身体が、ゆっくりと、でも確実に落下している。

どうせ死ぬのだ、思い残すことない走馬灯を選んで終わらせよう。そう思って僕はさらに画面をスクロールした、その時。

「姉と生き別れてみた」

…姉、だと?
僕は一人っ子である。僕が産まれる前に親は離婚し、母子二人で生きてきた。姉の存在など聞いたこともない。しかも生き別れている。何かの間違いじゃないか?そう思ってスクロールしようとした瞬間、僕はその「姉と生き別れてみた」という走馬灯をタップしてしまった。

ヤベッ!…死ぬ間際まで、自分の鈍臭さに、呆れる。

それは僕の視点からの映像だった。天井が高いのは僕の身長がそれだけ低いからだろう。姉と思われる幼い女の子が笑いかけてくる。

あーちゃん!

突然、僕は何かとても大切なことを思い出した。そうだ、コレは、あーちゃんだ!幼い頃、確かに近くに居た存在。母以外にとても、とても近くに。

「ともくん、バイバイ」
あーちゃんが無邪気に笑いかける。そこは遥か昔に僕らが暮らしていた古アパートの玄関で、僕の隣には母が、目の前のあーちゃんの隣には知らない大人の女性が立っている。隣の母が震えて泣いているのが、肩に置かれた手で分かった。

あーちゃんはその日、そのまま居なくなったのだ。
でも、何故?

走馬灯は続いた。幼いあーちゃんは病室のベッドに横たわっていた。多くの管に繋がれたまま医者と思わしき人に声をかけられている。その後、場面が切り替わり何かのリハビリをするあーちゃんの姿。時に泣きながら必死に汗を流している。また場面が切り替わる。大人になっている。ジャケットを羽織り、高いヒールを鳴らして歩く、あーちゃんの後ろ姿。

え、この人って…。

そこで走馬灯は終わった。

「…え、え?マジ?あーちゃんって島崎さ…」

次の瞬間、時間の流れが戻った。
とてつもない速さで急降下する僕の身体。

ああ、そうか。走馬灯を見終えた僕は、死ぬのだ。
僕は、叫んだ。
「………死ねるかァ!!ゴラァァァァ!!!」

目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。身体は動かなかったが、僕は途切れ途切れの記憶の中、奇跡的に助かったことを理解した。僕の手を握る母の姿が見えた。その後ろに佇む、姉の姿も。

「トモル!良かった…!本当に良かった…!」
母は泣き崩れた。

「ホント、鈍臭いんだから…」
あーちゃんが湿った声で言うものだから、その日、僕は久しぶりに笑った。

弱々しく吐き出された僕の息は、酸素マスクの中で水蒸気となり、病室の蛍光灯にふわりと光った。


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