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浪速の轟砲

″ここで決める男 このチャンスをものにしろ
遠く遠く派手に飛ばせ ナニワの轟砲″

2024年9月8日、オリックス・バファローズからT-岡田選手の現役引退が発表された。
地元大阪出身、チーム一筋19年で通算204本塁打。
2005年に近鉄とオリックスの合併により誕生した、「オリックス・バファローズ」が誇る生え抜きの和製大砲。

甲子園出場こそは叶わなかったものの、大阪の名門・履正社高校で1年生から4番を張り、高校通算55本塁打の活躍。「浪速のゴジラ」「ナニワ四天王」としてプロ注目の中、オリックスが合併後最初の高校生ドラフト1位として指名。
プロ5年目の2010年には、「同名でややこしい」という理由から、岡田彰布監督(当時)の発案で登録名を「T-岡田」に改名。本名の「貴弘」と、ティラノサウルスの「T」が由来となっている。
この改名が功を奏したのか、同年には自身初のタイトルになる本塁打王とベストナインを獲得。名実ともに球界を代表するスラッガーとなった。

2021年からパ・リーグ3連覇を果たすなど、今では強豪チームとなったバファローズ。
しかし、現在の黄金時代を築くまでには、今では到底考えられないような暗くて長い低迷期があった。平日のライトスタンドはガラガラ、良い選手は揃っているのに投打がかみ合わず勝てない日々。同じ関西を拠点とする阪神タイガースとは比較され続け、挙句の果てには「オリックスファンは3人しか存在しない」と揶揄されるほどの不人気球団。そんな「暗黒時代」の中で一筋の光となっていたのが、T-岡田というスターの存在だった。

とはいえ、常に安定した成績を残し続けていたわけではない。私が球場で見続けたT-岡田は、チャンスの場面でことごとく内野ゴロ。凡退を繰り返し、期待を裏切る4番の姿である日の方が多かった。それでも彼が打席に立つと、ホームランを期待したくなる。登場曲であるケツメイシの「カーニバル」が京セラドームに流れると、いつだって大きな声援とタオルダンスが響き渡っていた。

そうして積み重ねたホームランの数は204本。幾度となく通天閣の如く高く伸びるアーチでチームの窮地を救い、攻守でバファローズファンを沸かせるプレーを魅せてくれる姿は、紛れもなくチームの顔そのもの。金子千尋、西勇輝、伊藤光、後藤光尊、大引啓次、坂口智隆・・・暗黒時代を共に支えた数多くの生え抜き主力選手がチームを去り続ける中、バファローズに残る道を選んだT-岡田。悲しみ乗り越え突き進み、叶うべき夢の先には光が差す。

2011年のチームスローガン、「新・黄金時代へ」。10年後の2021年、ようやくバファローズが待ち望んだ「新・黄金時代」が訪れることとなる。
9月30日の首位・千葉ロッテマリーンズ戦。9回2アウト1、3塁から打席に立ったのは、T-岡田。幕張の防波堤・益田直也から、ライトスタンドへ一直線の逆転3ランホームランを放つ。この天王山で掴んだ勝利をきっかけに首位を奪取し、「オリックス・バファローズ」としては初となるリーグ優勝を決めた。

山本由伸、吉田正尚といった球界を代表する新時代のスターが生まれ、その後もリーグ3連覇。2022年には、令和の三冠王・村上宗隆擁する東京ヤクルトスワローズを破り日本一に輝くなど、かつての不人気っぷりが嘘かのように人気球団へと変貌を遂げたバファローズ。惜しくも敗れたものの、2023年にはかつてバファローズでも監督を務め、「T-岡田」誕生のきっかけにもなった名将・岡田彰布監督率いる阪神タイガースと″関西ダービー″を日本シリーズで実現できたことも記憶に新しい。

何度もどん底から這い上がり栄冠を手にした球団の歴史と共に、チームの顔として最前線を走り続けてきた「ミスター・バファローズ」。真紅と蒼の魂を炎と燃やした、オリックス・バファローズが誇る浪速の轟砲が遂にバットを置く決断を下した。

2024年のバファローズは3連覇の主力選手が軒並み不調や怪我に苦しみ、優勝はおろかAクラス入りすら厳しい状況。かつてT-岡田と共に低迷期を支えた生え抜き戦士の平野佳寿、比嘉幹貴、安達了一も思うような結果が残せていない。悲しい現実ではあるが、選手生命にはどうしても限界がある。結果を残せなければプレーし続けられないのがプロ野球という世界。個人的な願望を述べるなら、まだまだ豪快なアーチでバファローズ打線を牽引する姿を見たかった。紅蓮の魂を滾らせ、蒼き雷を呼び込むようなT-岡田のホームランで優勝に導く瞬間を。

もう、あの頃のような弱くて不人気なチームなんかではない。闇も光も味わった、T-岡田の残した功績は、数字以上に大きな財産だ。現在のチームの強さの裏付けになっているのは、若手選手の台頭が非常に大きい。しかし、その裏には連覇の立役者・中嶋聡監督を筆頭に歓喜と挫折を知る優秀なスタッフ陣、そしてT-岡田のようなチームを深く知る経験豊富なベテランが支えているからこその強さだと感じている。

バファローズの未来と繋ぐ標となった男、T-岡田。
今のバファローズが在るのは、彼の存在ありき。背番号55の魂を継ぐ猛牛軍団の「新・黄金時代」は、まだまだ終わらせるわけにはいかない。

主砲として圧倒的な成績を残し続けたとまでは言えない。T-岡田ならもっとやれる、そう期待し続けたファンはきっと私だけではないはず。しかし、ファンの心に誰よりも強く刻まれ、長年にわたりチームに大きく貢献した「ミスター・バファローズ」であることに、誰も異論はないだろう。


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