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眠りの国の神様たちは

崖から飛び降りるように眠りを受け入れることがある。
例えそれが望まぬものでも。

私はまだ、自分の存在が受け入れられないときがある。それは名簿の一覧を見た時や 私の名を呼ぶ者がいるときなど 何気ない日常の場面で感じることが多い。普段はちょっと気持ち悪いなと思う程度だ。
ずっとそうだったのか いつからそうだったのかわからないけれど、ここ数年、1日がかりで寝てしまう日がたくさんある。それは大抵第3週目の休日で、面倒くさがりな私はつい人に会うことをサボる。
幼い頃 鍵っ子だった実家での暮らしが案外身にしみてて 一人でいることのほうが自然だったからかもしれない。

一人でいるというのは 自分しか自分の存在を知らない、ということだ。

そんなの耐えられない。
だから私は 私を認識しないよう 眠ることを選ぶ。眠っていれば知らなくていい。考えなくていい。目覚める自分なんて見ていられない。目を閉じ続けていよう。誰にも認識されないくらいなら。自分を受け入れられないくらいなら。そういう欲のずれみたいなものを溜め込みながら、ベッドの上、横たわってしまう。

覚めないスズメの寝顔は酷く重々しかった。

『さめない街の喫茶店』は、夢から覚めることができなくなった少女の物語。作中に出てくる美味しそうなお菓子や料理たちの絵の向こうからはチーズの焦げる匂いやコーヒーを入れるトポポポ、というお湯の音、ケーキの甘い香りが今にもただよってきそうだ。

その日、誰に会う予定もなかったから 私は目を瞑り続けた。夢を何百回と見たけれど、一つも続いた物語はなかった。もう一度会いたいと願ってみても、少し汗ばんだ体と自分の匂いがしみついた枕の温かさをすでにはっきりと理解していたから 気怠げな身体をゆっくりと起こした。
身だしなみを整え、服を着て、化粧をする。取り戻しても遅い夕方16時頃。ぼんやりとした頭でどこへ行くか一生懸命考える。少しでも夢と現実を馴染ませることに必死で、目覚めた時 この世界は幻なんじゃないかと思った。それがいいな、と思った。

おなじみの街並みは、怖いくらいいつもと同じだった。夢の中で変わりゆく100の物語も、変わらない風景によって安堵とも恐怖ともとれた。
好きなように食べて、好きなように歩いた。覚束ない足取りで、それでも同じように歩いた。

「今日はよく眠れるかも」
「眠れてないの?」
「…… 少し。でもすごく眠いんです。それなのにベッドに入ると眠れなくて…
なんだか 私の中の何かと何かが反発してるみたいで、よく…眠れないというか……って わけわかんないですよね…」
「ボクもあるヨ」
「へっ」
「よくわからない焦燥感と不安にかられて眠れない夜が」
「でもそういう時は無理しなくていいんだヨ。眠れないならうんと難しい本を読んだり 好きなことをすればいいんだ。
眠りは唐突にやってきて 満足すると目が覚める
君は 大丈夫だよ」
Episode.31 『眠れぬ夜のファイヤーパンチ』より


悲しみに包まれたスズメが目を覚ますのは、お菓子を作ってみんなで食べて、たくさん楽しく過ごした頃だった。
私が目覚め、歩き出した頃、私が必要としているのはもうこの街ではないのだとわかった。
カーテンの隙間、光が差し込んだ時、一人で起き上がることができるなら
意味もない夢に紛れることもないだろうか。
それでも、
意味もない夢に紛れ込めば、いつかどこかのお祭りにも入れてもらえるんじゃないだろうか。
自分のなかの漠然とした いろんなものが混じった変な色の気持ちたちが、輪郭を持って「こういう色だったんだよ」と言った。その瞬間、なんだか全部わかった気がして、涙はずっとずっと止まらなかった。
ようやく見つけたね、やっとやっと…わかったんだ。


この街は……

国道沿いの自宅をものの1分歩くと、大手コーヒーチェーン店がぼんっと構えている。
甘いチョコレートの匂いにつられスコーンを一つ。前の人同様、あたためをお願いする。
人があたたかいものを求めるのは、永遠には続かないことを知っているからなんだな。冷めきった弁当を食べようものなら気持ちまで哀しいから急いでチンするし、冷めたお茶は入れ直したい。冷たいお湯には浸かれない。心に保温機能なんてないから、われわれはスープを飲んだり肉を焼いたり、確かな熱を集めることに大忙しだ。

「全部想像通りならスズメは神様だ」

"慣れ"ってすごい。初めての事は何も"わからない""知らない"から、戸惑うし、考えるし、そのためにたくさん頭を働かさなきゃいけない。
住み慣れた街、手慣れた仕事。全ては想像通りいくから、そこでは神様にだってなれるのかもしれない。冷めて覚めて 醒めまくって。
それでも繕いたい何か、拭えない事実たちに抗っているんだとしたら

みんな毎晩たくさんの意識を抱え旅に出るけれど
私も 必要なものを探したい。
四角い光の中へ、きちんと戻ってくるために。

あなたは何時に戻ってくるのだろう。
あなたが眠りにつけるのは何時だろう。
眠れぬ国でもきっと、神様なのはあなただけだから
どうかどうか

おやすみなさい。





おわりに
この記事を書くきっかけとなった『さめない街の喫茶店』をもとに、夢の中で聴いても夢から覚めてから聴いてもいいかもしれないプレイリスト「yume」を作りました。(といっても5曲しか選んでないのでEPみたいな感じだけど…) ルテティアでのスズメの生活、不思議で愉快な住人たち…この物語の世界観を自分なりにイメージしながら選びました。楽しかった。

そしてもう一曲、自分の中で答え合わせのような曲に出会いました。元々大好きな曲でしたが、なぜこんなにも惹かれていたのか?という理由がわかった気がしました。配信がないため、以下URLから聴いてみてください。

【初音ミク】おやすみの中おやすみ【オリジナル】 https://nico.ms/nm15868149?cp_webto=share_others_iosapp

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