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ここでしか飲めないカクテル。

「大人」の条件に、「お気に入りのバーがある」「美味しいお酒を知っている」という項目があるとしたら、こちらのお店はそれを充分に満たしてくれるのではないでしょうか。

BAR「MIXOLOGY HERITAGE ミクソロジー・ヘリテージ」。

場所は「日比谷OKUROJI」。2020年9月に大人の集う場所として新たにリニューアルした通りです。

マスターバーテンダーの伊藤学さん。クラシック・カクテルの権威と言われる方です。華々しい経歴をお持ちの方で、伝説的なバー『いないいないばぁー』の藤田佳朗氏に師事しながら新宿「カクテルバー ギブソン」(現在は閉店)に勤め、その後、漫画『BARレモン・ハート』の著者古谷三敏氏が経営する『BARレモンハート』に16年。そして、六本木のバー『Ne Plus Ultra』でマスターバーテンダーを務めていらっしゃいます。

華やかな世界を渡り歩いてこられた伊藤学さん。「MIXOLOGY HERITAGE」は、30年のバーテンダーとして鍛えた「鼻と舌」の集大成である、とおっしゃっています。そんな伊藤さんにお話を伺いました。

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ー「ミクソロジー」を、どのように捉えたらいいのでしょうか。

伊藤さん
ここにあるお酒、薬のように透明な瓶にラベルを貼っているのは、ここでブレンディングして作ったものです。その他、表にでているものは全部、4~50年前の骨董品といえるお酒ばかりです。
一部、今のお酒もありますが、あとは全部ブレンドしたもので、ここでしか飲めないものばかりです。

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これは70年前のもので、針金のキャップ(ティンキャップ) が珍しい一品。
こういうものが元気なうちに、今のお酒と混ぜるんです。古いお酒のエキスを今のお酒に移すことはロマン的なところもありますが、味が格段に変化するんですよ。

ブレンドしたお酒は、馴染むのに1か月以上かかります。
同じものを3リッターで3本作っておいて、シェリーでいうところのソレラシステム(継ぎ足し継ぎ足し混ぜること)で、常に安定して混ぜていく方式をとっています。古いお酒の味を、今のお酒の味にちょっとでも移していく、そういう作業をしているのがこのお店です。

バーテンダーを30年以上やっているんですが、時とともにお酒の味が壊れていく様も見ています。アルコールが抜ける、苦くなる、一番悪くなるのはきのこみたいな味になる。中に入っているカラメル的な要素が壊れたり、キャップの針金の鉄分が入ったり、コルク臭が移ったり、保管状況が悪く日光にさらされていたり、エアコンの風でコルクが乾いて痩せて蒸発したり。そういうのを含めて長い年月で悪くなるんです。

よって、古いお酒は、全部同じ味とは限らないし、集めてきたものでも、壊れたものもあれば、完全な状態のものもある。壊れたお酒を、修理したり直したりする。その原酒であるお酒を見つけて、足して、調合しなおす。そんなことをやっています。

出来たばかりのお酒は、水で割った状態で、まだ暴れていて、アルコールがとげとげしい。何十年か経って、瓶の中で分子的に重なっていって穏やかになると、とろみと食感と香りの豊かさと余韻がでます。特に余韻が。今のお酒だって2~30年経てば丸くなります。

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そういったことを踏まえて、出来たばかりのお酒と、古いお酒をブレンドしています。ブレンドなので、自分の鼻と舌が頼りで、そこがちょっとずれると、もう飲めないですよ。経験の中で、そうやってずっと混ぜてきたので、覚えちゃったんですよね。パーセンテージのパターンも覚えていたので、いつでも作れるようになった。30年前の本来の味を記憶していて、それがどう変わっていったか、どう混ぜたらいいかも記憶に入っています。
オーセンティックバーやクラッシックバーは、これはやらない。混ぜようとしない。怖いですから。だってわざわざ古いお酒や高いお酒に、今のお酒を混ぜてダメにしちゃったらどうするんですか、と思いますよね。高額なお酒は、まず、混ぜないですよ。

「ミクソロジー」とは、従来のレシピの枠を超えて、自由な発想で新しいカクテルを生み出す新手法のことですが、ミクソロジーバーというのは、緻密に数値を測ったり、理科の実験のようにデータをとったりするんですよ。うちがやっていることも、ある種ミクソロジー的なことをやっているということになりますね。ブレンドの比率にしても、何パーセント対何パーセントとかあるわけですから。

私の鼻と舌との記憶を「店」としてかたちにしたのが、「MIXOLOGY HERITAGE」です。普通のバーにはブレンディングしたボトルが1本か2本あるレベルです。うちは、自分でブレンディングしたお酒を取り扱う専門店。先駆者がいないですね、海外にもいない、「専門店」となると無いですね。

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伊藤さんより、3つのカクテルをご紹介していただきました

【ジンリッキー】

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ジンとライムと炭酸だけのカクテルで、糖分が入っていない。ごまかしがきかないんですよ。普通は「酸っぱくなる」。
もともとはライムを半分に切って、氷を入れて、ジンを入れて、炭酸は自分で入れてもらって、ちょうどいい感じで自分でつぶして飲んでください、というのがジンリッキー。それを、人任せにせず、テクニックによって「自分の味だ」と言って作った自分の師匠がいて、その師匠から継承したジンリッキー。(師匠とは、日本一旨いジンリッキーを作ると言われているドン・キホーテ 藤田 Barの藤田氏)
たいがいは、酸っぱくなるかきつくなるかのカクテルで、バーテンダーでも一番に難しいといわれているんですよ。
甘さがひとつも入っていない、「酸っぱくするな」なんていうのが無茶なカクテルですが、水とジンの反応で甘さを作っていくんです。ジンの水割りというのは甘くなるんですよ。その甘さと、あとはライムとのバランス。

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ライムもカッティングと絞り方で味が違う。こういう風な特殊なカットです。
1個を縦に半分に切って、横に切って、さらにVの字で取り除いているんですけど、両サイドのここが平らになっていますね、そうすると、霧吹きのようにピュッと出る。それをこう横にカットすると、こっちは綺麗なライムの酸、こっちは重厚な重さの酸が作れます。

このV字のカットは、師匠から教わった。理屈は教わっていない。「こういうもんだから、こっちの方が美味いんだよ」って。こっちは理屈がわからないので、検証するんです。どのカットが、どういう味になるのか。
師匠と同じようなジンリッキーが作れなさ過ぎて、たくさん調べました。
昔のバーテンダーは、手取り足取り教えてくれない。ぱっと作るのを見せて終わりです。
10年くらい経った頃に、「おお、ジンリッキーらしくなったな」と言われた。そこでやっとで全部のタネを明かしてくれる。ヒントをもらうのに10年くらいかかる。その間は、作れなさ過ぎていろいろ調べるわけですよ。

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この炭酸は190ml入りです。瓶のここの線がちょうど半分。1杯作るのに95mlがベストな量で、この炭酸をライムにかけて落としていくんですけど、人の手なんてミリ数でぴたっと切れるわけないので、瓶の線で適量を見ています。
炭酸が抜けずに作るのは難しいことで、やみくもにやっているわけではなくて、ライムの房をつぶす際の香りを見ながら、一気に炭酸と果汁とジンを混ぜる。ふつうは苦くなります、あれだけつぶしたら皮の部分が苦くなって飲めないです。あと、酸っぱくなります。刺す酸っぱさになります。それから、ジンがきついとか、炭酸がきついか抜けているか。
うちのジンリッキーは、ポカリスエットみたいにきゅーっと飲める、ビール替わりのようなものですよね。
ちゃんと炭酸もあるし、ライムの爽やかさもあるし、ジンの香りもあるし、甘さもあるし。酸っぱいはずのものが一気に混ざることで中和される。あのスピードで作らないと美味しくない、ちょっとでもゆっくりになると絶対美味しいものにならない。一気にいかないとダメですね。だから教えられないのかもしれないですね。説明しながら作ると味が変わってしまいますから。

氷もどういう風に割るか。
大概のカクテルは3個で組みます。3個が一番対流がよくて、全部材料入れて炭酸を「ファン」と混ぜると、対流できれいに混ざります。飲んでいるときもこれが揺れて混ざっていく、常に混ざるということになります。あと、持ち上げたときに、ふっと香りが開くんですね。
氷の表面は全部包丁で削っています。なので、余計に溶けない。アイスピックで割ると、割った断面は溶ける。横のツルツルの部分は溶けない。溶ける部分と溶けない部分の役割を作っています。氷は水で2回洗って、氷の角をとり、水分の調整をして、ジンと水の反応で甘さを作っています。

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一口目を飲んだ後は、氷が溶けていってもっと甘くなる。最後はライム水となってさらに甘くなっていく。そんなジンリッキーです。


【水割り】

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これがブレンドされたお酒です(水割りのベースになるお酒)。
まずは、ワイングラスに注ぎ、揺らしながら香りを開いています。水とウイスキー1対1で混ぜています。普通、水割りは1対2~2.5なんですけど、1対1で混ぜて、あとでミキシンググラスでステアすることにより水を加えていきます。水とアルコールは混ざりにくいものなので、ちょっとづつ加水してあげたほうが混ざりやすいです。タチタチ加えた方がいいです。この時点でかなり香りが強まっています。

ステア用の氷の角は全部削って取っています。氷は溶けにくいようにしています。まず水にひたして角を取って、もう一回、水で角をとる作業をします。
水割り用のロックアイスは、下が丸氷になって、上が四角です。こっちの角(上側)は溶けて、ここは(下側)溶けない仕組みになっている。一回洗って、ミキシンググラスの中の温度とロックグラスの温度を一緒にします。温度差で、香りと味は変わるので。あと、水分を氷の表面に蓄えさせます。ゆったりした味になる特徴です。

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そして、水とウイスキーを先に混ぜておいたものを、ミキシンググラスの氷の上にまんべんなくかけていきます。氷の上から下に降りるときに、氷に伝わった滴で香りが開いていきます。

そしてここから加水します。1対1だったのが、1.7倍くらいになりますかね。早くかきまぜると、急に加水されることになるので、ステア速度を徐々に下げていく感じで、ゆっくり加水していきます。徐々に徐々に、タチタチ加えていくのと同じ状況で冷やしていく。液面が波打たないようにまとめて、とろりとした食感を作ります。この作業によって、液体がまとまり、最後まで味が薄まらない。

レモンハートにいた頃に、漫画のようなお話ですが、80年前のバランタインの30年を飲みたいというおじいさんがいらっしゃって。「昔はバランタインの年代物が家にもあってよく飲んでいたけれど、お医者さんにストレートで飲むなと言われてしまって。とにかくお金はあるので一番最高の物を作ってくれ」と。「じゃぁ、1杯1万円の水割りを作りましょう」ということで、ウイスキーがよりおいしくなるように考えたのがこの手法です。それが何年もかけて進化していって。
最初は水を1対1でじゃばっと入れていた。いや違うな、タチタチ加えたほうがいいな、ということで、ちょっとづつ加えるようになっていって。
甘さと余韻の長さと舌ざわりみたいのは、今のお酒でも作れなくはないけれど、とくに、余韻みたいなもの、あとをひく香りみたいなのは、オールドのお酒でないと出せないですね。だから、古い酒と今の酒を1か月以上かけて混ぜるんです。
口の中にずっと香りが残るので、「もう一口」「もう一口」ってなって、お酒はワンショット入っているはずなのに、あっという間に飲んじゃう。お肉食べて口の中に油があるとなお、するする飲んでしまいますね。

自分が酒飲みなので、どうにか古酒の味をエキスとして培養して普段に飲めるようにならないものかという思いもあって、古酒のブレンドを作りました。古い30年物のお酒はそのまま出すと一杯7,000円くらいしますからね。そんなお酒の美味いエキスをちょっとでも味わいたいという酒飲みが考えた水割りですね。
この水割りは、うちの真骨頂である「培養」を前面に出した、ヘリテージの肝になりますね。

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【サイドカー】

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今のレミーマルタンに、40年前のレミーマルタンをブレンドしたものをベースに使います。
「重ねたときに立体的に起きてくる」、そんなサイドカーを作っているのですが、ブランデー、リキュールとそれぞれ時代の違うお酒をブレンドすることによって今の酒とオールドの酒が層になって「立体的になる」というのがこのブレンドの副産物です。

ブランデーとコアントローとレモンジュースで作るこのカクテル、何処の国でも何処のお店でも飲めるカクテルです。お酒も手法も全部含めて、クラシックの追求といえるカクテルです。シェイカーに材料入れて、氷入れて、振れば、普通は出来上がる。だけど、作る手順を考えることでも、味は変わります。ワイングラスにブランデーとコアントローを入れ、先に馴染ませることでレモンの酸に負けないようになります。入れる順番でも味は変わります。

クラシックカクテルの何が大事かというと、何を先に入れるか、どういう氷の組み立てをするのか、氷の角をどう取るかということです。

氷に関しては、日本独自の理屈になります。日本には昔から氷屋さんがありますが、海外では少ない。海外は製氷機の氷を主に使います。海外のカクテルってすごく量が多くて、アルコール+アルコール+アルコールの組み合わせが多い。それをそのまま日本の氷で作ると、日本の氷は溶けにくいので、きつくて飲めない。製氷機の氷は柔らかくてすぐ溶けて、そして加水も一定に溶けてくれるから、香りも起こしてくれる。失敗すると水っぽくなるけれども。だから海外のカクテルは酒+酒+酒のカクテルが多い。
氷から生まれる理論というのが、日本のバーならでは。海外から見ると日本はすごく独特です。
世界独自、日本独自を紐解いて、それぞれ並べていくのが、この店の「クラッシック」の考え方です。

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氷を入れて一気にシェイクして、同じリズムで振って生み出すマイクロバブルス。
シェーカーで氷をたたくシェークでは気泡がなかなか生まれない、引くシェークによってマイクロバブルスは生まれます。マイクロバブルスがしっかり生まれると、飲んでいても気泡は最後まで消えずプチプチと沸いて出ます。これによって香りもしっかり上がってきます。
シェークでしっかり混ぜることで、常温になっても味が崩れず美味しい状態が保てます。常温になっても美味しいカクテルを目指しています。

ショートカクテルは上手く作ると、結合がぴたっとくっついて壊れないんですよ、そのまんまでいてくれる。温度が変わろうが時間が経とうが、結合したまんまなんですね。結合が最後まで変わらなくておいしいというのが、ほんとのカクテルのうまさですね。

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店 名:MIXOLOGY HERITAGE 
東京都千代田区内幸町一丁目7番1号 TEL 03-6205-7177
■営業時間:15:00~24:00(L.O 23:30)

●店舗設計:Esquisse, inc. 
●照明設計:マックスレイ(ウシオライティング株式会社 ) 

「MIXOLOGY HERITAGE」でご使用いただいていますマックスレイの照明器具です。禁酒法時代のイメージを踏襲した、隠れ酒場のような店内の雰囲気作りに、一役買っています。

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■商品に関するお問い合わせ、照明プランに関するご相談はこちらまで。info@maxray.co.jp



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