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どこにもいない瀬戸

友人の瀬戸にダンスの才能があるのはわかっていた。
でも瀬戸はそれを誰にも言ったことはなかった。
クラスの中のイケイケな男子より、正直踊ってる瀬戸の方が何倍もかっこよかった。でも、瀬戸はそれを言わなかった。

僕らはクラスの中のカーストではほぼ最下層。でも、瀬戸は時々トップから可愛がられたりする。
瀬戸はあいつらのことが、そんなに好きではないらしい。
それを時々表に出すのが瀬戸流だ。
それをカースト上位の奴らは、所謂「クール」って呼んでた。


僕の趣味は勉強。たぶん、多くの人が嗚咽をもらす分野で、「趣味は勉強です!」なんて言ったら引かれること間違いなし。だから誰にも言ってない。つもりだったんだけど、やっぱり好きなものへの熱意、目線っていうのは隠しててもバレてしまうものらしい。

クラスの奴らからガリ勉と呼ばれるのにそう時間はかからない。その僕と一緒にいる瀬戸は、さらになんで一緒にいるのか分からない。


昔、一度瀬戸に、「僕と一緒にいると誤解されるよ」と、なんとも湿っぽいことを口にしたことがある。
瀬戸は、「でもお前、基本面白いやつやん」って言って笑ってた。
僕はその笑顔を見た時に、正直心底安心した。
でもそれは決して綺麗な友情関係を表した安心じゃなくって、「ああ、ある一人の特別に僕はなれたんだ」という達成感からのものだった。


僕と瀬戸が仲良くなってから半年くらい経った時。結構持ったな。
今でも覚えてる。体育の時にダンスの授業があって、誰も振り付けを考えれなかった。
僕と瀬戸は別のチームだったけど、やっぱりどこのチームもまともに振り付けなんて考えれやしてなかった。

一週間経つとだいたいみんなの振りが出来上がってくる。
その中でも、一際瀬戸の居るチームの振り付けがいい。
キャッチーで、難しくなくて、でも華やかだ。

「誰が考えた?この振り付け」

先生がきくと、

「瀬戸がやったんです」
「全部瀬戸か?」
「そーです」
「まじ助かるわ、瀬戸やばいもん。うますぎやで、ほんま」

そんな会話が聞こえてきた。「お前ら、全部瀬戸に任せたんか。あかんで。ちょっとは練習して、瀬戸に貢献せな」。そんな先生の言葉にみんなが笑っていたが、僕だけは仄暗くて深い不安を感じずにはいられなかった。


その予感は見事に当たった。
その年の文化祭で、誰かが、「瀬戸ダンスやりーや!上手いやん!」と言った。
瀬戸は踊った。上手かった。瀬戸はクラスの中でもトップを切るほどの、カースト上位に食い込んだ。

瀬戸はモテた。カーストなんて気にしてないのが、女子にも受けたし、弱い男子からも支持があった。

嫉妬できないほど、瀬戸は完璧だった。
完璧じゃないところをちょっと見せるくらいには、完璧だった。

十年ほど後、たまたま街の花屋で瀬戸を見かけた。十年経っても色褪せない若さと華やかさがあった。

瀬戸、と声を掛けようとしたが、すぐ隣にこれまた瀬戸に負けないくらいの、綺麗な男がいるのに気付いた。

瀬戸とその男は笑い合って、一緒に花を選んで、二人で一つの花の鉢を選んで、どっか信号を渡って行った。


ああ、瀬戸。

お前がどこにいても、「ここじゃないんだよなぁ」、みたいな、居心地ちょっと悪そうな顔、隠してた理由が、今わかった気がするよ。


そして、瀬戸。

僕もわかった気がするよ。


僕は瀬戸を追わなかった。声もかけなかった。ただ、妻のいる家に帰っていく帰路をたどった。

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