PSYCHO-PASS サイコパス 第一期&劇場版読解・後編(完)

   ( 前編はこちら )・( 中編はこちら )

 予想以上に長くなったが、『サイコパス』一期&『劇場版』読解は本稿で一度幕を閉じる。未読の方は、できれば 前編 から読んだ上で本稿に目を通して頂きたい。
 では、〆に入ろう。今回取り上げるのはこの一点だ。


 ・犯罪係数の実態、及び一期反照。

「君たちは一体何を基準に、善と悪を選り分けているんだろうね?」
   ――槙島聖護、一期第11話『聖者の晩餐』
「彼女(※常守朱)を見てると、希望が湧いて来るんですよ……心の持ちようで、どうにかなるって」
   ――宜野座、一期第19話『透明な影』
「心とサイコパスは、別のものよ」
「じゃあ、サイコパスって何なんですか……心って、何なんですか……」
   ――唐之杜志恩・常守朱、一期第19話『透明な影』

 極めて分かり辛く、かつシリーズ全体に関わるテーマが、「犯罪係数は果たして公正な数値なのか?」だ。

 無論、『劇場版』表向きの展開にも犯罪係数は絡んでくる。SEAUn(東南アジア諸国連合)上層部による犯罪係数の意図的隠蔽と、シビュラシステムによる隠蔽の黙認。運用の公平さに対し、疑問を抱かせるには十分だ。


 けれども、『劇場版』に存在するのはそれだけではない。
『劇場版』でカギを握るシーンは最序盤に隠されている。一度全体を観た上で、冒頭直後のテロリスト日本襲撃未遂シーンに立ち返ってみよう。
 襲撃未遂の時点ではまず、以下のような状況であったと分かる。

シビュラシステムはSEAUn(東南アジア連合)介入の口実を探していた

介入の口実とするべく、シビュラシステムはテロリストを手引きした

 この前提を踏まえた上で、さらに考えを進めてみよう。
 シビュラシステムにとっては、

・密入国テロリストの犯罪係数は実際の犯罪が起こされるまで測定されず、かつ捕縛に際しては一人以上が生け捕りであると都合が良い。

 仮に事前に犯罪係数が測られていたならどうだろう? 『劇場版』の時点では、本格的なシビュラシステムの導入は日本だけに限られている。未然に防ぐ(入国直後の)逮捕と明確なテロ未遂の現行犯逮捕とでは、他国から見て大きな相違がある。仮に入国直後に逮捕「してしまった」場合、見かけ上の日本への被害は皆無。これでは、介入の口実としてはむずかしい。シビュラシステム採用国と非採用国とでは、倫理面でも大きく違いがあるからだ。

 実際の「証拠」に関しても指摘しておこう。『劇場版』では、犯人への尋問にメモリー・スクープが使われている。脳波をスキャンし記憶を再生するこの技術は、単体では倫理に踏み込んでいない。つまり、他国においても明確な証拠として納得される可能性が高い。

「犯罪係数による実行そのものの予防」と「実行後の尋問と証拠押収」とでは、「他国への説得力としては」大きく違う。ここまで考えたなら、メモリー・スクープの使用それ自体にも意味があると分かる。

 ではあらためて、テロリスト最後の一人、その逮捕シーンを見てみよう。

常守朱 そこまでだ! 武器を捨て、投降しろ!
 (武器を捨てるテロリスト)
常守朱 ゆっくりとこちらを向きなさい!
 (テロリスト振り向く。自爆装置のスイッチを手に。息をのむ常守)
常守朱 よせ!
ドミネーター(執行銃)『犯罪係数293。執行対象です』293。執行対象です』
 (テロリスト、スイッチに手をかける)
 (画面、ブラックアウト。狙撃音)
 (倒れた犯人。常守朱、一度目をやる)
 (数瞬、不審気にドミネーターを眺める)
 (ふたたび、倒れ伏した犯人に視線が移る)
 (意識を失った犯人の落とした、『失われた時を求めて』最終巻)
 (画面、上空へフェイドアウト)
   ――『劇場版』、10分40秒~

 この演出はもちろん一期第1話『犯罪係数』、常守朱の行動を踏襲したものだ。ただし、一期第一話と違い、『劇場版』の彼女には余裕がある。撃った直後、周囲を観察する余裕が。

 ではこの時、常守朱の観察から浮かぶものは何か? 視線はドミネーターから文庫本にすぐ移り、狡噛の持ち物が主軸のようにも見える。だが直前のシーンを丁寧に追っていくと、一点、不審な事実に気づかされる。

 執行銃たるドミネーターによる対処は、犯罪係数100を越えた場合は潜在犯としての確保。300を越えた場合は即時執行(処刑)となっている。

 一人目の情報屋・宮崎の犯罪係数は178であり、パラライザー・モードによる対処。一方、他のテロリストたちの犯罪係数は、確認できる限り310、326と、いずれもデコンポーザー・モードによる対処である。

 しかし、だ。となると、最後まで逃走した一人の示した犯罪係数は、かなり不可思議ではないだろうか。

 その数値は293。これはギリギリ、パラライザーモードの範疇である。一度は脅威判定が更新され、デコンポーザーモードの上位、デストロイへと変形した(『劇場版』、10分~)にも関わらず、だ。

 加えて、常守朱が二期で見せた、犯罪係数を低下させる説得時間は、この時はない。293との数値は、シビュラシステムの判断そのものと考えられる。

 もう一度繰り返すが、シビュラシステムにとっては、

・密入国者の犯罪係数は実際の犯罪が起こされるまで測定されず、かつ捕縛に際しては最低一人が生け捕りであると都合が良い。

 諸々を考えるに、限りなく黒に近い。そして狙撃後、禾生局長に探りを入れるシーンを考えるに、常守朱は以上の点を把握しているものと考えられる。

 テロリストから押収した装備が「警備体制を知り尽くしていた」というだけでは、シビュラシステムに対し疑問を抱くには弱い。だが、以上述べてきたような点が重っているとなると話は変わって来る。

常守朱 何か、妙な事が進んでいるんじゃない?
禾生局長 当然、色々なことを進めている――妙かどうかは、君の受け取り方次第だ。
常守朱 ……とにかく、後は取り調べ後に、よ。
   ――『劇場版』、14分0秒~

   *

 犯罪係数の運用は、実は相当に恣意的である可能性が高い。

 一度こう考えたなら、疑惑は一期にも跳ね返る。「犯罪係数を恣意的に操作し得る」となれば、様々な描写――多数の警官が潜在犯と判定されたと語る征陸、執行官堕ちした宜野座――もまた、別の角度で見ることが出来よう。

雑賀 理想的な官僚とは(中略)ひたすら義務に従う人間のことだと言う。シビュラシステムはそういう意味では、理想的な官僚制的行政に近いかも知れない。ただしそれは、公表されているシビュラの仕様が、すべて真実と言う前提の上での話だ。
   ――一期第19話『透明な影』

 その点で、『劇場版』は幕間劇であり、来るべきシリーズへと張り直された伏線でもあるのだろう。改めて、次なる展開が気になるところだ。 (了)

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