記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

最後の決闘裁判/小説「藪の中」とアンパンチ/ネタバレあり

「お前がそう思うんならそうなんだろう。お前ん中ではな」漫画「少女ファイト」より。

ドラえもん「どっちも、自分が正しいって思ってるよ」
いわゆる確証バイアス、自分は正しいと思ってしまう事についてのセリフってエンタメに多いよね。この映画はそれをもっと邪悪にした作品。
映画観てる最中、ストーリーは芥川龍之介の「藪の中」だって思ってた。指摘してる人も多いけど、どっちかっていうと映画版「羅生門」のオマージュだよね。マッド・デイモンが「羅生門」をみて脚本に取り入れたんだって。
知らない人に言うと、原作小説「藪の中」も映画「羅生門」も、ある事件の関係者たちがそれぞれ証言するんだけど、どれもかみ合わないって話なんだ。人のエゴが浮き彫りになる。
「最後の決闘裁判」もそういう話。

男同士の熱き戦いに冷や水を浴びせる映画。監督の絶望の共有しよう。

勇者と賢者

勇ましく、妻への愛情にあふれる騎士ジャンは美しい妻を娶り、聖油によって神に祝福されたロマンチックな初夜を迎える。
誰よりも勇敢に戦い、家族のために病をおして給金を受け取りに行く。
妻が乱暴されたと聞けば、王に直談判し、決闘も辞さない。まさに勇者。

才色兼備なル・グレは下級の聖職者から成りあがった実力者で、博識さと巧みな交渉術で領主の財政難を救う。
何より人の、特に女性の気持ちを察するのがうまい。まさに賢者。

画像1

「浮かび上がった」真実

第三章だけ「the truth」と文字が浮かび上がったね。藪の中とは違って真実を語ってくれるみたいだ。
金欠のジャンは、ロマンのかけらもない正常位ですぐにイク。流行りの服を着て、夫にだけに見えるように配慮しても嫉妬。ジャンにとってマルグリットは所有している白い牝馬と同じなんだね。彼女がどんなに優秀であっても。
フランスの種馬ル・グレは、妄想癖のナルシスト。夢で好かれてると思い込む。挙句、家に上がり込み、偶然脱げた靴を「OKの合図」と勘違いして、襲ってくる。乱暴な後背位ですぐにイク。

中世の男は我慢ができない。すぐイク。
すぐイッちゃう男だと「ウルフオブストリート」のデカプリオ思い出すよね。秒殺されるレオ様。どっちもイケメン俳優を情けなく使うのが面白い。
女性をモノのように扱う男達。でもこの映画が怖いのはそこだけじゃない。

名誉争奪戦

この情けない早漏騎士たちの行動は全て名誉を動機にしているんじゃないだろうか?ジャンが金と土地にこだわるのは家の存続、要は見栄だよね。自分の代で没落したら恥だから。それが理由じゃないかな。
その割には世渡りは下手だ。イキって裁判を起こしたはいいが、かえって自分の立場を悪くしてしまう。何も考えてない。金がないとか言っといて、地代の徴収忘れるってどうなの?
マット・デイモンは同じ監督の別作品「オデッセイ」ではあんなに賢かったのに。「ジェイソン・ボーン」感もゼロ。ストロングではあるけどね。

ル・グレも同じ穴のムジナだ。彼に至っては強姦の動機はジャンに「サーを付けろ」とマウントとられたからとすら思える。第二章ではマウントのすぐ後に強姦のシーンが来る。こいつ器小さいぞ。後、喘ぎ声もダサい。
何をやらせても様になるアダム・ドライバーのこんな姿が見られるのはこの映画だけじゃない?カイロ・レン感はゼロ。
関係ないけど、同じゼロ感がある「dead don't die」オススメだよ。外した笑いと絶望感がある。

真実<生存

毅然と社会のシステムに立ち向かい、強姦を告発するマルグリット。
でも事態は予想外の方向に進んでいく。
ずっと彼女は蚊帳の外だったよね。ジャンの「計画がある」って言い方も気になる。策謀をめぐらしたいわけじゃなく、事実を語り、正当に処罰してほしいだけだ。
事実を語ると言えば、この映画には何度も的を射た発言をする人物がいる。
ジャンの母親だ。息子の見栄を見破り、「権利などない。あるのは男の権力だけだ」と言う。少なくともこの映画内ではその通りだ。
女性はモノ扱いであり、男はより上位の貴族に逆らえない。たとえ理不尽な事であっても。
彼女はマルグリットに自分も過去に強姦されたことを語った。もちろんこれも真実。すでに決闘は決まったことだから、嘘の共感でマルグリットの意思を翻しても意味はない。
彼女は同じ目にあっても、口を閉ざし、日常に戻ったという。なぜならば、それが生き残る手段だから。真実よりも生き残ることの方が重要だ。犯人は夫よりも上の立場だったのかもね。訴えても無駄、まして決闘なんて論外。
「真実なんて重要じゃない」と言ったのはこういう意味だったんだ。

生存戦略

監督リドリー・スコットは多くの作品で「生存」をテーマにしてる。
「エイリアン」ではリプリーが逃げる話だし、「ブラックホークダウン」も途中で作戦は制圧から逃亡に切り替わる。「オデッセイ」は火星に取り残された男が、生き残ろうとする映画だよね。
結末がどうであれ、リドリーの映画で例えば、インディジョーンズや、マーベルヒーローにみたいに、自分の命を賭けて目的を果たす主人公はいない。自分の利益や生存が最優先だ。

神の決定:マリア像とノートルダム大聖堂

決闘の勝敗は神が決めるものとされている。結果はジャンの勝利だった。
これは神が決めたことなのか?どうやらそうらしい。
僕がそう思う理由はいくつかある。第三章ではやたらと神の視線を感じる。
例えば、冒頭のジャンがマルグリットの父に土地をねだっているシーンで、マルグリットは聖母の像を見る。
ジャンの母親と世界の残酷なルールについて語るのは教会で、マルグリットの背後には十字架のオブジェが映る。
そして決闘後のパレードでは最後にノートルダム大聖堂が映る。
ノートルダムはこの時代の最大の教会で、現代ではパリからの距離を測る起点となっている。ここがゼロ地点なわけだね。
この三つから僕は決闘の結果は神が決めたと予想、というより妄想した。マルグリットは真実を語っているんだから、代弁者であるジャンが勝つのは当然とも思える。そもそもジャンが強いんだけど。それは置いといて。

白けるマルグリット

マルグリットから見た決闘やその後のパレードは異常だ。
そもそも自分に関係ないところで自分の命がかかっているし、ジャンの勝利後、女性を含めた一般市民はみんな盛り上がっている。大衆はジャンを「英雄」に、ル・グレを「悪党」にして騒いでいる。パレード中もジャンがもてはやされ、マルグリットはここでも蚊帳の外だ。被害を受けたのは自分なのに。同じ女性ですら彼女の気持ちを理解していない。
ノートルダムが映り、ジャンは神に感謝する。ここでのマルグリットの顔が印象的だった。絶望を通り越した生気を感じない表情に見えた。
全てはジャンの母親の言う通りだった。自分の命を危険にさらし、名誉を夫だけが手に入れた。何も変わっていない。
決闘前の夫婦の会話も異様だ。強姦された本人が「訴えなければよかった」と言う。ジャンは「正しいことをした」と返す。誰にとって正しいのか。
全てが終わり、ラストは子供と過ごすマルグリットが映される。子供に向けられる顔は優しい母親そのものだ。でもその後に景色を眺める彼女の表情は白けたものだ。この世界は男の権力が全てであり、名誉を重んじる男は遅かれ早かれ死に、生き残る男は強者に媚びへつらい、女性を好きに弄ぶ。女性は多くの犠牲を払わなければ、生き残れない。
もし僕の妄想通り全て神が見た上でこうなっているのならこの世界に希望はない。
シェイクスピアの戯曲「リア王」のセリフを思い出す。

人間がこの世に生まれてきたときに泣くのは、
愚か者ばかりの舞台に生まれ落ちたのが悲しいからだ。


Tips:いじわるじいさんリドリー・スコット

イギリス出身で「騎士」称号を持つ御年83歳のリドリー監督。
アメリカに渡り文化の違いに衝撃を受けたのか、異文化、異世界を舞台に生き残ろうともがく人間をテーマに映画を撮り続ける。監督デビュー作が「決闘者」だったから最初「最後の決闘裁判」って聞いた時「引退か?」って思ったけど、もう「Gucci」って映画を撮ってる。安心。
歳を重ねるごとに映画の終わり方の残酷になり、その残酷さも強くなってる気がする。同じ映画監督で弟のトニー・スコットが自殺した後に撮った映画「オデッセイ」では彼の優しさを感じることができた。けどやっぱりほとんどの作品は人間であることを恥じたくなる作品が多い。
でも人として生まれてしまった以上どうすることもできないし、死にたいとも思わない。でも生き汚なさすぎるのもつらい。板挟みになるわけだけど、それが狙いかのような映画を撮る。それでいて面白いのだから困る。
特に今回は僕にとってダメージが大きかった。ジャンの暴力シーン、相手の鎖帷子を引きちぎり、自分の手に巻いて、何度も相手の顔を殴りつける凶悪なアンパンチに興奮したし、最後の決闘シーンは手に汗を握った。ちゃんとカタルシスが感じれるように作られていた。でもこの決闘シーンに、この映画の暴力シーンに興奮している僕は間違いなくジャン的な人間であることを突き付けられる。劇中でマルグリットが言った「虚栄を張る偽善者」は僕にも当てはまる。リドリーは意地悪だ。興奮するようにカタルシスを感じるようにうまく作っておいて、冷や水を浴びせる。心の落としどころを見失わせる。情熱のある悪意。だからモヤモヤするとわかっていても観てしまう。本当に意地悪なお爺さんだと思う。

Tips:みんな大好きゴシップネタ/誰の子供なのか問題

他の人のレビューで「マルグリットの子供ってどっちの?」っていうのをよく見かけた。マルグリットにとってはどちらでもいいことなんだろうけど。気になる人もいるよね。強いていうなら子供は金髪だったしジャンの子供じゃないかな?だたゴシップ的な話を続けるなら彼女の友人マリーの妊娠についても気になるところがある。
マリーは夫にあまり満足していないように見えたよね。地味過ぎるとか、容姿も醜くなってきたとか、マリーの夫は強姦の後に少し出てくる。ジャンが罵った酒と女におぼれていそうな貴族だった。
でもマリーは妊娠をすごく喜んでいた。彼女のはしゃぎぶりにマルグリットは「様子がおかしいわね」と言った。当時の妻の役目、妊娠できてほっとしたって感じじゃない。夫が好きでないのならそういう反応しそうだけど。
で、ここからが邪推タイムなんだけど、マリーの子供の父親って、ル・グレじゃない?少なくともマリーはそう思ってそう。マリーはイケメン好きだ。勇ましいジャンをうらやましがるシーンもあったし、ル・グレの事はかなり気に入ってる。「不倫してもいい」なんてことも言っていたよね。
マリーが裁判でマルグリットに不利な発言をしたのも、マルグリットもル・グレに抱かれていた事が気に入らなかったからじゃないだろうか?
決闘でル・グレが死んだあと、3回くらいマリーの顔が映される。辛そうだ。もちろん好きな人が死んだのは辛い。でも何度も映す必要があったのか?ショック度ならピエールの方が大きいんじゃない?
要はマリーはル・グレの子供を身籠った(つもりだった)から子供の父親を失ったのが辛かったんじゃないだろうか?
そうだとすると、あの決闘は何も生み出さないどころか、マルグリットが言った「男の見栄で子供が親を失うことになる」が的中したことになる。最悪の展開だ。この映画あまりに救いがない。名誉が全てを奪っていく。
それでも名誉を求めて男たちは聖地奪還の十字軍遠征をする。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?