見出し画像

15年間、眠っていた記憶


初めての全身麻酔


少し前、とある手術を受けた。
私にとって初めての手術、勿論麻酔も。
私が経験したのは全身麻酔。

先生と一緒に数を数える。
徐々にその声は、私の意識と共に消えていった。

目覚めた時には、病室のベッドだった。
既に1時間程経過していたが、私の体感としては2、3秒。
手術中の事など、全く覚えてはいない。

そんな感じで、私は初めての「麻酔」を経験した。

「麻酔」とは、
私達を検査や手術の苦痛から、解放してくれる。

そんな、本来私達を眠らせてくれるはずの「麻酔」で呼び起された記憶があった。


「悪夢」

東洋大学のHPに掲載されていた記事の内容を紹介させて頂きます。

悪夢。一見縁起が悪そうな悪夢。実は一概にそうとは言い切れず、脳が処理しきれなかった記憶、オーバーフローした部分を整理する役割や、記憶を取捨選択する役割がある。
ネガティブな情報を適切に処理するために悪夢を見る。という説があるそうだ。


単純な私なりの解釈だけど、現実で起こった問題を、夢の中でうまく処理し、日常生活に支障が出ないようにしてくれる。それで日常生活がうまく回っていくのなら、確かに有難い。

これまで私が見てきた嫌な夢も、そう考えると悪い気はしない。
なぜ夢の話をぶち込んできたのかと言うと、最近ふと思い出したがあったから。

ただその夢を見たのは遠い昔、大学時代の頃だ。

その時の夢の内容はこうでした。



私は部屋のベッドで寝ている。
暗くて良く見えないが、
自分の上に何か気配を感じる。
窓から入る車のあかりが動いた。
目の前に見えたのは、
私の下半身で、ゆさゆさと動く太った腹。


そんな内容。

私はこの夢をすっかり忘れていたけれど
夢の記憶なんて、大概皆そんなものだろう。


きっかけ



冒頭でふれた通り、私は手術を終え当日中に退院。

帰宅中、麻酔で眠っていたせいか頭がふわふわした、
はっきりしない感覚。

その状態は数時間程続いた。

ただ会話も出来るし日常生活に何ら支障はない。
翌日には、すっかり日常に戻っていた。

ただ、そんな術後の感覚がやっと無くなった頃から
私にはまた別の感覚が芽生えていた。

日が経つにつれ、それは私の中で存在を増していった。


私の中に遠い昔の記憶が蘇っていたのだ。


一見何の関係も無いように感じていた、
記憶の中の、いくつかの些細な出来事。


それは徐々に、一つの記憶に繋がっていた。
そして私の心は不快さを増していた。


その記憶とは、大学生の頃に見たあの「悪夢」だ。


“私の下半身で、ゆさゆさと動く太った腹”

その夢に繋がる記憶が現れた。



私は部屋のベッドで寝ている。
暗くて良く見えないが、
自分の上に何か気配を感じる。
窓から入る車のあかりが動いた。
目の前に見えたのは、
私の下半身で、ゆさゆさと動く太った腹。
(ここまでが昔の「悪夢」の記憶)


(ここからが最近思い出した記憶)
大きな腹の下に小さなモノが見えた。

…挿入できなかったのだろうか。
…うっすら目覚めた私が蹴りでも入れたのだろうか。

太った腹は私の股間を指で弾いたかのような
そんな痛みを与えた。
それで完全に私の目が覚めたのかもしれない。
私は何か言葉を発した。
「何」だっただろうか、
「何してるの」だったかもしれない。
「キモ。」だった気もする。

私は横になったままの状態で、
ペットボトルの水を流し込まれた。



悪夢の記憶はそこまでだが、
これ以外にもいくつか思い出す事があった。


・私の部屋から大学までは数分。
遅刻や寝坊なんて考えられない。
にも関わらず授業を寝過ごした記憶がある。

・当時友達との会話の中で
「父が止まりに来た。起きたらもういなくて机にお小遣いが置いてあった」

そんな会話を思い出した。


・夜、就寝前に、何故か枕が濡れていることがあった。


「悪夢」が現実と繋がった


そして、あの日泊まりに来ていた父の行動を思い出した。

風呂からあがり、脱衣所から出た私に近づいてきた。

「ほら。これを飲みなさい。」
水の入ったペットボトルを差し出した父。

私は言われるがままそれを飲んだ。

当時お風呂あがりにドアを開けると何故か近寄ってきた父にも、


頼んでもないのに水を渡す行動にも少し違和感を覚えたのを思い出した。

一見ごく普通の家族の行動なのかもしれない。
でもこの違和感はきっと、私にしか解らない。


実家で暮らしていた頃から、
父は私に気の利いた飲み物を渡してくれるような存在ではなかった。



それまで数回私の部屋に泊まりにきていた父。

いつも来客用の布団を出すが、布団を出していない日があった。
後日確認すると、当時部屋に置いていたこたつで寝た。という返事だった。


父用の布団を敷く前に、私が寝てしまったのだろうか。
父が泊まりに来ているのにはたしてそんな事がありえるか。

いつからか、父は出張の際私の部屋ではなく、ビジネスホテルに宿泊するようになっていた。



この一連の出来事について、当時は特に気にもとめていなかった。


きちんと整理して考えなかったのは何故だろう。


多忙な大学時代、授業に加えアルバイト、遊びにと忙しい毎日を送っていたからだろうか。


それとも、


つい先日の麻酔後のように、ふわふわとした感覚のまま生活していた。という可能性はないだろうか。

今となってはもう、何もわからない。


わかっている事



結局、最近になって思い出された私の記憶が全て事実だという証拠はない。

たとえ事実であっても、今更どうという事もない。


実際この数年、父は私の人生において、既に重要な役割を担う人間ではない。


あの人の一番最近あった父親らしい役割といえば、私の結婚式への参加ではないだろうか。



ただ、わかっている事もある。


一つは、私の中に沈んだこの記憶を呼び起こさせるきっかけとなったのは、間違いなく麻酔から覚醒する感覚だった事。

そしてもう一つは、
この記憶が全て事実だとすると、
当時の私の脳は、出来事の記憶を取捨選択し、「悪夢」へと変換してくれていた。という事だ。


勿論、この記事のはじめに紹介した東洋大学の悪夢についての記事とは、本来の意味が大きく違うのかもしれない。


ただ私は、当時の私の脳が処理し、今まで悪夢として置き換えてくれていたのではないかと思いたい。



おわり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?