見出し画像

完璧主義なわたしの失敗談#7知らないことに対しては謙虚になろう

どもどもORIGIN整体です。

完璧主義というタイトルをつけているのですが、ご理解いただきたいのは格好つけ的なことではないんです。「完璧にできたらいいな」なだけで完璧にいったことなんてそもそもほとんどありません。ただやるからには満点目指したいしという気持ちがついいきすぎて自分に対して落ち込んでしまうことが多いのです。現代ではそういう人が増えているようで良い言い方をすれば真面目ってことなんでしょうね。自分も含めもう少し肩の力抜いて生きてみてもいいんじゃない?とそんな提案をするためにこれを書くようになりました。

整体師という仕事柄常に健康には気を使いたいと完璧主義をちょこちょこ発揮してそこそこ健康ではいるつもりなのですがなのですが、取り返しのつかない失敗もしています。この話は男の人にはよくあるお話だと思うので読んでいただいたかたはご自身にも心当たりがないか考えてみるのも良いかもしれません。

中学生のときの話です。昔から運動が苦手で特に走ることにおいては下から数えたほうが圧倒的に早いくらい。小学生のころ持久走があって最後のほうに帰ってくる人はみんなが待っている中ゴールしないといけないのですが、ゴールし終えたみんなは体操座りで待っていてそんな中拍手でヘトヘトになっている僕を迎えてくれるのですがそれが恥ずかしくて仕方がなかった。運動できないくせにプライドだけはいっちょ前だったので部活を選ぶ時に走る競技はなしと即決。考えた結果「柔道」を選択しました。自分の中では走らなくて良いし、なにより強くなれるならみんなから一目置かれるかもと下心たっぷりで入った部活でした。

部活自体はというと走るという運動はないものの全身運動だし、なにより痛い!投げるというよりは叩きつけられる感じで痛みに弱い僕にとってはまぁむいてなかったなと感じます。初日から先輩のしごきでやめていく同級生を尻目に怖いから、辞めたら他の部活に移るのが気まずいからという理由だけでなんとか3年間在籍しました。とはいえ半年近くはケガで休んでいたのと先生が見に来てない時は先輩たちも優しくてみんなで仲良く野球、サッカー、K-1、プロレスに興じていたのである意味では楽しく過ごすことができました。

ケガでいうと2年生秋に胸鎖関節という関節を脱臼し、しばらく休んだのち3年生最後の大会がありました。団体戦、個人戦の順番で行われる大会だったのですが、どちらも2位までに入れば県大会への出場が可能になります。怪我明けで大した練習もできてない私でしたが最後の大会ということもあり気合が入ってました。まずは団体戦が3試合行われたのですが僕の学校は小学校からの柔道経験者もおり同じ地区の中でも強いほうだったので見事1位で通過しました。僕自身3試合戦ったのですが、なんとか負けることなく試合を終えました。ただし疲労も溜まっていた3試合目のこと粘る相手が自分を投げようと背負投を仕掛けてきた際投げられまいと踏ん張ったときに右肩に痛みが走りました。その時はアドレナリンもでていてなんともなかったのですが、昼休みに入ったころ肩の痛みがひかないことに気づきました。右肩をあげようとすると痛くてこのままではまずいそう思いました。

個人戦は決勝までいこうと思うと2試合勝ち抜かなくてはいけませんでした。僕の地区には全国大会に行くような優勝候補がいたので、はなから2位狙いではあったのですが昼休み中その優勝候補から「決勝で待ってる」とスポ根漫画的なことを言われて燃えました。以前2回ほど戦ったことがあるのですが、結構競った展開だったので彼も自分のことを認めてくれているのだと嬉しく思ったことを覚えています。初戦は相手が1年生ということもあって左手だけでなんとか勝つことができました。ただ痛みは増すばかり。これを勝てば優勝候補の待つ決勝へいける大一番。相手は同じ学年の黒帯の実力者でした。さすがに片手一本ではきつく攻めつつも投げられないよう慎重に試合を運びなんとか残り6秒。「ここまでの展開なら判定で勝てる」残りの時間をみて心の中でそう思いました。試合が再開し逃げ切れば勝ちそう思った瞬間力が抜けて場外で投げ飛ばされ右肩を強打しました。技自体は場外で投げられたので無効なのですが、競った展開でこの投げは相手に有利に働き判定で負けました。

控室に戻り悔しさで涙がでてきました。なんで最後力を抜いたのか?全力を出しきらなかったのか?そんな思いが溢れて自分を責めてしばらくしたころ今度は肩の痛みで涙がでてきました。その日はどうやって帰ったのか覚えていないのですが、それからほどなくして肩の痛みは消えていました。

あれほど痛かった肩の痛みも感じなくなり県大会に向けて練習していたある日のことまた肩に痛みが走りました。今度は肩がひっかかって動けない感じです。知り合いの接骨院に行くと脱臼との診断でした。肩の脱臼は繰り返すことが多く、再発防止には初期対応が非常に大事です。固定して安静にというのが対処方法になるのですが、僕自身まだまだ若く痛みがなくなればオッケーだし最後の大会まで肩が動いてくれればくらいに思っていて普通に練習を続けていました。

最後の大会中肩が抜けることはありませんでしたが、その後今に至るまで10数年未だに肩の脱臼グセは抜けません。肩を大きく回そうとすると肩がロックされて痛みが走ります。一度ぬけると数日痛みが続くことも…一時の判断が今にまで影響を及ぼすなんてあの頃は思ってもみませんでした。整骨院で働いていると昔の怪我を放置していて今体に影響を及ぼしている人を多くみかけます。その殆どが男の人なのは怪我なんてすぐ治るという考え方をしている人が多いのかもしれません。

今はインターネット全盛で真偽は別として知りたいことはなんでもアクセスできます。だからこそ情報には謙虚に望む必要があります。脱臼したら固定する当時の僕はそのことを知らず自分自身の経験だけで物事判断してしまいました。結果として今も肩の痛みに苦しんでいます。仮に情報が頭の中にあっても、その情報を扱う自分自身に謙虚さがなければ実行することはできないのです。謙虚さのかけらもなかったかつの僕であれば脱臼したら固定する

とか怪我したら休むと言われても素直に聞けなかったでしょう。

今ではたくさん情報が手に入るようになって新しいことを学ぶのには最高の環境だと思います。自分自身何度聞いても身につかないこともあり、自然とそれ何回も聞いたなと傲慢な気持ちをもっていることに気付かされます。新鮮な気持ちで聞ける姿勢を常に整えていかなければと思います。

今日の処方箋

知らないことに対しては謙虚になろう