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セブンのラテ(私の好きなもの#2)

コーヒーマシンにカップをセットしてカフェラテLのボタンを押す。

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あの冬は寒かった。
私たちは卒業と就職をかけた試験を控えていた。
筆記に口述、実技で1週間にもわたる試験だ。

コートを羽織り、学校を出た。
この頃の私たちは常に勉強場所に困っていた。学校は17時には閉まる。カフェ通いは、バイトを禁止されている学生にとって正直きつい。図書館では口述の練習ができない。そこで学校から徒歩10分のところにある寮に落ち着いた。私たちのうち半数は寮生ではなかったけれど、事情を話すと寮母さんは快くOKしてくれた。

寮への道すがら唯一の店である、セブンによるのが日課だった。
これから6時間にわたる勉強のおともを買うのが、この頃の私たちの唯一の楽しみであり、救いだった。
「ホットラテレギュラーで」
私は毎日ラテを購入した。
手袋を毎年片方無くす私は、いつしか手袋を持ち歩かなくなった。真っ赤になったその手をセブンのラテはいつだって、温めてくれるのだ。
その温もりは手のみならず、ゆっくりと身体を伝って、試験を控えこわばる心までをじんわりほぐしてくれるのだ。

私は、お菓子を選ぶ彼らを店外に出て待つ。
寮に着くのが待ちきれなくて、ひとくちラテをすする。あったかいのに熱すぎない。ミルクの甘みとエスプレッソの程よい苦味。
セブンのラテは甘党の私が唯一、砂糖を入れずに飲めるカフェラテなのだ。でも、もちろんスティックシュガーも1本貰ってきた。寮について落ち着いたらこれを入れる。勉強には糖分が必要だ。
曇り空に白い吐息がほうっと消えていった。


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そうこうしているうちに、ピーピーと音が鳴った。
透明なドアを開けて私は出来立てのラテを取り出す。カップのフタを閉めて、スティックシュガーはポッケに。
店外でマスクを下げて、ほうっと息を吐いてみた。今日は夏にしては寒いが口から出る吐息はまだまだ白くならない。
ひと口だけラテをすする。あったかい液体が喉を通って胃に入る感覚がわかった。連日の長雨で気付かぬうちに身体は冷えていたのだろう。

さあ、帰ったら仕事をせねば。
今でも私は気合を入れて何かをする日はセブンのラテを買ってしまう。あの頃を思い出したくて。

楠木

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