見出し画像

31 予測不能なノート術(5)- 幸せのスイッチ -

ここまで、生活の中に「書く」行為を取り入れるひとつの方法として、バレットジャーナルについて語っている。バレットジャーナルはラピッドロギング(素早く書く)事と、毎日の、ログからログへの移行作業によって、どこかへ向かいつつある「今」が、自分の「向かいたい方向」から乖離するのを防ぎ、変化する現状に即応した行動へと自分を導く。
 
ライダー・キャロル氏による公式本が出版されてまだ2年ほどだが、それ以前にももちろん様々なノート術はあった。しかしほんの数年でこれほどまでバレットジャーナルが世界中で受け入れられた理由は、やはり現実にメリットが実感できる事にある。たとえば7〜8年前に私が試したノート術は、いわゆる目標管理のためのもので、10年後の目標から5年後、1年後に落とし込み、細分化して今月のタスクにまで落とし込む。しかし現実世界は5年後の私の目標達成を待ってくれる事はなく、日々刻々と変化し、思いがけない展開を見せて、私の立てた目標から完全に意味を奪い去った。トップページに10年後の目標を記したノートはゴミと化した。
 
「ほぼ週刊さろま」 2021.08.11 第1099号で、私はアドラー心理学に触れて「キーネーシス」と「エネルゲイア」について語った。登山で、山頂へ立つことのみを求めるあり方はキーネーシス的(動的)であり、山を登る1歩1歩のプロセスを堪能するあり方はエネルゲイア的(現実活動態的)である。過去の文章を振り返ってみよう。


アドラーは、人生はエネルゲイア的であり、はなからゴールなど設定できるものでは無いと言う。一歩進めば環境は変わる。目指していた学校に行けなかったからと言ってそれで人生の失敗が決まるわけではない。環境の変化に応じて「じゃあどうするのか」と反応して行く中にこそ独自の文脈が生まれ、その人だけの人生が出来上がって行く。

【全文】
https://note.com/matsuonoriyuki/n/n344c8d233e08


私のノートをゴミにしてしまったノート術は、「10年後のために」すべてを捧げる、実にキーネーシス的であった。バレットジャーナルは「今のために」現実に目を開く、実にエネルゲイア的なのである。つまりは現実的なのだ。毎日朝晩、環境と自分の変化に目を凝らし、必要なものを追加し、不要なものを削除する。今日の変化に合わせて明日のタスクを組み立てる。だから、如実に効果が現れる。
 
この世界はモロモロの縁の総体で、10年後の自分に向かって突き進もうとしても、現実は早足で逃げて行くし、自分以外のあらゆる対象から様々な突発事やイベントが襲いかかって来る。迎え討つのか、逃げるのか。はたまた波風が去るのを身をかがめて待つだけなのか。襲いかかって来るものを、ノートに書き留めてみよう。とりあえず、それによって飛んで来たボールをミットに受け止めたことになる。そうして周囲の状況を確認したら、ファーストに投げるべきかバックホームすべきかを決めよう。
 
ノートは受け止めたボール(現実)を、みずからの主体的営為として返球するための切り替えスイッチである。人は、自分が決めて、やって、結果を出したという主体的営為にこそ喜びを感じる生き物である。仏教では「作作発発(ささほつほつ)」という言葉でこれを表している。バレットジャーナルというスキームを得て、ノートは幸せのスイッチとなった。
 
なんでも良い。思ったこと、聞いたこと、見たもの、読んだもの、調べたことを、ノートに書いてみよう。ノートに事実を蓄積するのである。次に、蓄積された事実が何を意味するのかを考えてみよう。書き留めた1行1行を眺めながら、気づいた事を隣のページに書き留めていく。事実の蓄積の隣に、思考の蓄積のページが出来上がる。さらにそれらを眺めるうちに、「じゃあ、こんなことが出来るんじゃない?」と発想が湧いてくるから、書き留める。発想の蓄積だ。それを何かに応用できないかを考えて、アイデアの蓄積をする。
 
世の中にはこの方法で事業を興して成功した人もいる。たとえそんな結果を出せなくても、事実と思考と発想とアイデアが書き連ねられたノートは、自分の分身であり財産となる。ノートにかける時間、そしてお金は、ムダにはならない。
 
※今週の参考図書
 ・『バレットジャーナル 人生を変えるノート術』
  ライダー・キャロル  2019年/ダイヤモンド社
   
 ・『メモの魔力 -The Magic of Memos-』
  前田裕二  2018年/幻冬舎


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?