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ゲイ人魂

「ねぇ、木公ナビー、一回試してみようよ。ちょっと触るだけ。マジで気持ち良くするからさ。」
二段ベッドを登ってこようとするヒデヤを必死で押し返す。大学では、このサークルの中だけでカミングアウトしているゲイのヒデヤが、サークル内の男に手を出そうとするなんて初めてのことです。よりによって部長の俺に?いや、俺だからこそ、なの?

最高に居心地が良いお笑いサークルでした。お笑い好きの仲間で集まって、コントや漫才を練り上げてライブで披露する。お笑いライブのステージは、どんな肩書きがあろうと平等にスベる。だからこそ、部長としてトリできっちり笑いを勝ち取ったときの快感は格別なのです。2年生でサークルに入ってきたヒデヤは、ライブで同学年の私のコントを見て、
「この人と一緒にお笑いをやりたい」と思ったのだと入部動機を語ったのでした。3年生になり、鋭い観察眼を持ち、けっこうな男前でもあるヒデヤは、めきめき頭角を現していました。

田舎から弟と出てきて二人で住んでいる私の部屋は2部屋あって、サークルの格好のたまり場でした。基本的に女っ気は無くて、みんなで集まってお笑いの話をしたりゲームをしたり。そんな中で、ヒデヤはさりげなくカミングアウトしたのでした。

“おもしろい”かどうかという価値基準が絶対のお笑いサークルは、変なやつほど胸をはっていて、いわゆる“多様性”しかない仲間で、そんな中でゲイという要素は、数ある個性のひとつに過ぎません。ヒデヤはめちゃくちゃ楽しそうでした。ヒデヤも田舎から出てきていて、田舎でゲイの少年がいかに生きづらかったかを語ってみたり。

その夜はわが家にみんなで集まって弟も混ざって桃鉄大会。翌朝、牛丼屋でのバイトがある私は、一足先に自分の寝床である二段ベッドの上の段へ。それが、何だか妙な気配を感じて目が覚めたのです。

目を開けると、ヒデヤが二段ベッドの柵に頬杖をついて、私の寝顔を眺めていました。

「ヒデヤ、何やってんの?」
「木公ナビー、何事も経験だよ?俺と試してみない?」
「いや、ムリ!」
ヒデヤを押し返しながら、いろいろなことを考えてしまいます。これって差別じゃないよね?だって、単純に無理めな求愛を断っているだけだよね?受け入れなきゃいけないなんて理屈は無いよね?断ったらヒデヤがサークルに居辛くなる?それは俺のせい?っていうか、隣の部屋でみんな桃鉄してるし。っていうか、お笑いを志す者としては一度経験しておくべき?

いや、やっぱ、ムリ!

二段ベッドのはしごを登ってこようとするヒデヤとの静かな攻防が少し落ち着いたところで、真剣に諭します。
「ヒデヤ、俺は絶対に、絶対に、ムリ!」
「…。なんだよ、木公ナビーの意気地なし!」
捨て台詞を残して、ヒデヤは隣の部屋の桃鉄の輪に戻っていったのでした。

この事件は、お笑いサークルの部長として、きっちりオチをつけなければいけません。起き出して、隣の部屋の輪に加わります。
「ちょっと聞いてよ!今、ヒデヤが俺に手を出そうとしてきたんだけど。モテる男はツラいよね、本当に魅力的な男っていうのは、女はもちろんゲイにもモテちゃうんだよね。きっちり断ったけど!」
途端にみんな、いつものノリで騒ぎ出します。
「いやいや、ヒデヤちょっとガッツキ過ぎでは!?」
ヒデヤもいつものノリで返します。
「木公ナビーは“才能”無いね。一回モーションかけてみた時の反応でだいたい分かるんだけど、あれはダメだね。同性愛の才能が無いね。」
「ヒデヤ、想いに応えられなくて悪いね。俺が魅力的すぎるのが罪なのかもしれないね。自分で自分の魅力が怖いよ、そもそも俺は…」
私のナルシストコントでオチかなと思ってまくしたてていたら、最後にヒデヤが一言叫んで、すべてを持っていったのでした。

「一回抱こうとしたくらいで、好きになったと思われたら困るんですけど!」

見事なオチでした。

芸人としてのやりとりは完全に私の負けだったけれど、みんながありのままでいられる空間ってこういうことだろうなと、部長としての私はとても良い仕事をした充実感に包まれつつ、翌朝のバイトに備えて再び眠りについたのでした。