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腱鞘炎を正しく知る

ピアニストをはじめ、音楽家の方でしばしば目にする腱鞘炎。
ですが、中には腱鞘炎と思い込んでいたものが全く別の疾患だったということも少なくありません。
今回は腱鞘炎とはどういうものかを再度確認し、正しい知識で適切な治療、対応をしていただけるようになればという思いで書いていきたいと思います。また腱鞘炎と類似している疾患についても触れておこうかと思います。

腱鞘炎とは

指の筋肉が働く際、筋肉から骨の間に位置し、関節を動かす働きを担うヒモ状の部分を「腱」といい、腱が通るトンネル状の鞘の部分を「腱鞘」と呼びます。
この構造上、指の曲げ伸ばしの度に腱と腱鞘とが擦れ合わされストレスが生じます。そのストレスが繰り返されることで腱鞘内部に炎症が生じます。これを腱鞘炎と呼びます。

ではなぜそもそも炎症が起きてしまう腱鞘というものが存在しているのか。結論から言うとなくてはならないからです。下に示す図は、指を曲げる際、中節骨と呼ばれる指の骨の腱鞘を取り除いた場合の腱の動きを示しています。

左:指伸展(腱鞘あり) 中:指屈曲(腱鞘なし) 右:指屈曲(腱鞘あり)

見てわかるように、腱鞘がないと指を曲げた際に腱が浮き上がってきてしまいます。なので関節運動をよりスムーズに行うためにはこの腱鞘は必要不可欠となります。

主な症状と後発部位

音楽家において手の腱鞘炎は付きもののように扱われることがありますが、実際は手のトラブルの1/4程度と言われています。
腱鞘炎の後発部位は掌側の指の付け根と親指の付け根と言われています。
ただ、必ずしもその部分に痛みが出るというわけではないためその部位以外の痛みは腱鞘炎の痛みではない場合もあり得る、程度に考えておくと良いかもしれません。

腱鞘炎の後発部位

関節拘縮

腱鞘炎は痛みの出る動作を無意識に避ける(代償動作)ことがあります。この状態を続けると、その使っていない部分の関節が硬くなり演奏にも支障が出ることがあります。この関節の稼働範囲が狭くなることを「関節拘縮」と言います。

ばね指(弾発指)

腱鞘炎が繰り返されることで腱が太くなったり(肥厚)、腱鞘が狭くなることで引っ掛かりが起きるのが特徴です。基本的には腱鞘炎ですが、カックンという引っ掛かりにより動きにも支障をきたすのが特徴です。音楽家にとっては痛み+動きの制限により練習の継続が困難になる場合があります。

ド・ケルバン病

腱鞘炎の中でも、親指の付け根に限局するものを「ド・ケルバン病」と呼びます。これは下の右図のように親指を握り込んだまま握手をするように小指側に手首を捻った際に激痛を伴うのが特徴です。

ド・ケルバン(de Quervain)病

このド・ケルバン病に類似する疾患として「CM関節症」と言うものがあります。

類似疾患:母指CM関節症

類似疾患といってしまうと語弊があるかもしれませんが、同じように親指の付け根部分が痛むことが多い疾患になります。

特に音楽家ではピアノのオクターブを弾く際などに痛みを伴うことが多いとされています。特に親指の開く角度によって親指の付け根にかかるストレスが変わってきます。ての小さい女性などでは手の大きい男性に比べてストレスが多くかかりやすいことは間違いありませんが、必ずしもそれが原因だという医学的根拠はありません。

オクターブの引き方の違い

しかし、腱鞘炎と違い、原因は関節の摩耗などによる変形性関節症の一部であるため、医療機関で精密な検査を受けることで原因精査が可能です。

主な治療法

まず治療の第一選択は安静です。しかし音楽家にとって安静(休養)は演奏技術やパフォーマンスの維持していくために極力取りたくないものと思います。
大切なことは傷めている腱鞘にストレスをかけないで演奏を続けることです。
痛みの出る動作を避けることは普段行っている奏法を変えると言うことですから、それが必ずしも良い事とは言えませんので、医療者と腱鞘炎の状態を考慮した上で練習方法や練習量を調整していくことが大切です。

関節拘縮には予防

関節拘縮は腱鞘炎が治癒した後も勝手に治ることはなく、長い治療期間を要するのでまずは関節拘縮になる前に早めに医療機関を受診することが重要となります。

ばね指はエクササイズは禁忌?

ばね指も手指に関節拘縮が起きやすい疾患の一つです。加えて指が伸ばしづらくなってくる段階で医療機関でも「指の曲げ伸ばしをしてください」「グーパーグーパーをしてください」と運動指導されることがいまだにあります。しかしこれには注意が必要で、ばね指も腱鞘炎であることから、指の曲げ伸ばしをすることで腱鞘のストレスを増やし腱の瘢痕化を助長させかねません。
ご自身で対応される場合は、反対の手を使って指のストレッチ(掌〜手首くらいに伸びを感じる程度)を行う程度に留めておきましょう。

ばね指のストレッチ

消炎鎮痛剤

意外と多くの方が湿布をとりあえず貼る、という選択肢をとるようです。
しかし腱鞘炎は、湿布や塗り薬を塗っても腱鞘に邪魔されて薬剤成分が深部に届きづらく効果が出にくいとされています。
また痛み止めを内服しする場合もありますが、慢性的に痛みがある場合あくまで対処療法として考えて使用するというのが個人的な意見です。
また演奏会等で痛みを和らげないと演奏に支障が出てしまう、と言うような場合は抗炎症剤と麻酔薬の混合液を腱鞘の中に注射するという方法もありますので医療機関で相談していただくのが良いかと思います。

手術療法

腱鞘炎に対して最終手段が手術療法になります。
腱鞘を切開することで腱とのストレスを開放するため、治療効果はありますが、初めの「腱鞘炎とは」の項目でも書いたように腱の浮き上がりが生じることで指の使い方に大きな変化が生じる場合があります。
音楽家にとってとても繊細な動きを必要とする指ですから、その変化はなおさら大きな意味を持つと考えられます。
医師と相談の上、慎重に検討することをお勧めします。

まとめ

・関節拘縮をおこなさないために早期の受診を
・炎症を抑えるため痛みの出る動作の改善を
・間違った運動は逆効果の可能性があるため(音楽家への理解がある)専門機関の受診を

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