古くて新しい?次亜塩素酸化学種
今回は真面目に、昨今、新しく取り上げられつつある。次亜塩素酸の”化学種”(分子やイオンをひっくるめたもの)についての考察をまとめようと思います。
1.背景
今世界で猛威を振るっている新型ウィルスによるパンデミック。ワクチン・薬などは依然治験中にあり、治療よりも予防が重要視されています。現在解析されたコロナウィルスにおいては、エンベロープの存在が確認され、エタノールを中心に消毒が行われています。しかし、それ故、医療用アルコールが品薄になっている現状があります。そこで注目されたのが、今回の次亜塩素酸化学種です。一番身近なもので水道水の消毒剤として、日本では100年以上利用されています。今回は次亜塩素酸化学種の中で、新たな消毒剤として現在応用化学が進んでいる、次亜塩素酸分子について紹介したいと思います。
2.そもそも塩素とか次亜塩素酸とかなんぞや?
皆さまはよく「塩素」という言葉を耳にすると思います。魚などを飼っている人は「ハイポ」や、「カルキ」といった言い方も聞いたことがあるかと。大抵の塩素という表現は、水溶液中の「塩素酸化学種」のことをさしています。そして大抵塩素酸化学種の中の、次亜塩素酸「HClO」と、そのイオン「ClO^-」をさしていると考えていいでしょう。「亜」や「次亜」というのは基本的な化学物質(この場合HClO3が基準)から少し違う、次に少し違うといった意味合いでざっくり考えて大丈夫です。ここからは全て次亜塩素酸化学種だけ取り上げて、ご紹介していきます。
3.次亜塩素酸化学種の化学的挙動
①特徴
まずなんで次亜塩素酸だけでなくイオンだのが出て来るのか説明します。少し化学的な図と説明になっていますが。図をご覧ください。
いきなり出されてもなんじゃこりゃですよね。簡単に解説しますと、グラフの線は「水溶液のpHを変化させたときの、次亜塩素酸分子の割合(表記によってはClOがOClになるけど同じです)」になっています。この図ですとpH = 5で約100%のHClOが存在し、pH = 8になるとHClOが20%になり、ClO^-が80%を占める。というように読んでいきます。つまりpHが弱酸性側で、最もHClOの割合が多く、アルカリ側にいくにつれてClO^-の割合が大きくなっていきます。また、より酸性に持って行くと本当の意味での塩素「Cl2」が発生します。塩素はガスで抜けていくので、ガス抜けした溶液にはガスにならなかったHClOが残ります。
②物性
強力な酸化剤(反応した相手を酸化させる)として金属にかかったりするとサビなどの劣化、腐食が早くなります。それを逆に利用し、色素を壊す漂白剤としても使われていたりします。また、HClOは弱酸で、その塩(NaClOやCa(ClO)2)は強アルカリ性を示します。溶けると言った作用はアルカリによる加水分解なので、別に独自の物性ではありませんが、酸化作用と合わさると、皮膚を腐食させます。
4.今までの塩素消毒
強アルカリ溶液が多く使われます。代表はやはりキッチンのハイターや、カビキラーといった所でしょうか。また、こちらは消毒としての歴史があり、エタノールの作用が低くなる場合もあるエンベロープのないウィルスにも対応できるため、ノロのシーズンによく使われていました。また、次亜塩素酸イオンの方が安定性も高いという特徴もあります。しかしその性能を出すため、カビキラーのように防護して使用するか、希釈するかです。希釈は効果も薄くなるジレンマを持っていました。
5.新たな消毒剤候補、次亜塩素酸水溶液
このジレンマに陥らない次世代の消毒候補が、次亜塩素酸分子、HClOなのです。次亜塩素酸イオンは強アルカリ性であり、その共役酸は弱酸性となるに加え、弱酸性条件下で最も存在比が高くなるという大きな利点があります。何故存在比が高い方がいいかと言うと、ClO^-よりもHClOの方が消毒としてより効率がいいと言われているからです。
考えられている理由①
細菌、ウィルスもタンパク質によって出来ています。その特徴として、電気的偏りを持っています。電荷を持つClO^-ではアタック回数が減り、結果反応速度に差が出るというもの。
考えられている理由②
当然ですがイオンは水溶液中に存在します。しかもただ存在するだけではなく、周りの水の電気的偏りに水素結合を起こし、見た目の粒子が大きくなり、膜の隙間に入れないというものもあります。浸透圧の膜と同じ原理です。
一般に次亜塩素酸はイオンよりも80倍効率が高いという言葉も見ますが、温度により変わるため、具体的な数字はまだ研究段階でしょう。
6.破壊のメカニズム
次亜塩素酸、次亜塩素酸イオン共にアタックの方法は、自己分解性ゆえのラジカル反応だと言われています。塩素ラジカルの他に、私の研究テーマであったヒドロキシラジカルも生まれている可能性もあるそうで。
塩素ラジカルは塩素原子(Cl・)、ヒドロキシラジカルは水酸化物イオンから電子が一つ足りない分子(・OH)です。
ラジカルはその電子不足の不安定さで周りの全てにアタックし、電子を得ます。ラジカルが別のラジカルを生み、菌やウィルスの構造を破壊し尽くします。実は人間の体内でも、主に体内で生じた過酸化水素からフェントン様反応によってヒドロキシラジカルが発生しています。
7.理論化学から実験化学へ
ここまで、基本情報や物性、メカニズムなどをご紹介いたしました。理論的に見れば非常に皆が興味を持つのも理解できます。さて、理論の次は実験化学です。理論と実験は二人三脚でなければ進みません。今まさに実験が行われ、応用研究が各地で進められています。そこから読み取れる情報を見ていきたいと思います。
厚生労働省
まだ「新型ウィルス対策に向けた次亜塩素酸の効果」というような実験はしておりません。今あるデータは、あくまで食品添加物として調製された次亜塩素酸水の食品消毒に関するデータと、ノロウィルス食中毒に対して行った、食品添加物としての次亜塩素酸水の効果がメインです。しかしノロウィルス試験において、200ppmの次亜塩素酸水溶液使用しているようで、時間内に検出限界までウィルスを除去した結果が見られます。
経済産業省
NITEの中で実験を行い、4つの機関が参加したものの、1つの機関しか実験していなかった。比較対象は出来なかったものの、代替ウィルスとして用意した、H1N1型を用いて行ったところ、強酸性、弱酸性、微酸性2種類の次亜塩素酸水が30~40ppmという低濃度で設定時間内に4桁以上感染価を低下させた。これは想像以上に次亜塩素酸分子がイオンよりも消毒効果が高いのかもしれない。さらに、酸性条件下のpH依存性が低く、より安全な弱い酸性条件下での効果も期待されることになった。
北海道大学と企業の共同実験
こちらはpH2.7以下(コーラのpHに近い)での40ppmでの実験で室温23~24℃の環境下での試験を行った結果、30秒以内に検出限界の感染価まで低下した。30秒以内というのはあくまで設定であり、より短い時間で効果が広がる可能性を示唆するものとなった。
帯広畜産大学の研究グループ
こちらは主に厚労省の示した食品添加物としての次亜塩素酸水を再現し、pH依存性や濃度依存性に対する実験を行った。初期実験ではpH2.5で1分内に検出限界まで到達、さらに、厚労省とは違う調製をした次亜塩素酸水pH6.0でも同様の結果を得た。これにより、液量や濃度によって、より効果が変わっていくことを示唆した。
以上が主な研究のスタートラインとして挙がっている。応用化学の目標としては、さらなる定量作業によって効率のいい消毒薬として使いたいところだ。
その他の研究
これはパンデミックよりも昔から研究されている項目だが、次亜塩素酸の広範囲消毒についての論文が見られた。また、毒性解明に向けた実験もスタートしている企業もある。ラット試験では今のところ毒性は見つかっていない。定量化・解明が出来ればより一歩踏み出した濃度のより効果的な消毒薬になるかもしれない。また、毒だという意見が散見される、確かに分かっていない物質で極端なことをしたらどうなるか分からないが、どんな毒性で、どんな量で、どんな接種の仕方でというところまでは進んでいないので、無理に疑心暗鬼にすることもない。また、少しでも体内に入ると塩素ガスに犯されると言う意見もあるが、肝心の定量が出来ていないので怖がる必要性もない。例えばカップ麺の容器からはポリスチレンが溶けだしてくるし、水道水には岩石由来のウランが入っている。しかしこれらは果てしなく無害な領域なので問題にしないという例もある。
また、定量化されていない項目としては、不安定性による自己分解の度合いある。これは様々なバックグラウンド調整して調べなければならず、難しい問題かもしれないが、ネット上では早速「届く段階で水」、「保存なんて出来ない」といった意見が飛び交っている。しかし、容器の透明度と光分解速度の関係、温度との関係、などは実験された事実や結果も無いので、信じるか信じないかはの領域を脱しないでいる。
8.まとめと展望
次世代消毒液として名乗りを上げた次亜塩素酸水溶液、物性としては理に適うものであり、始まり出した実験化学もいい結果を出している。大切なのはこれからであり、消えていく研究もあれば、再現性と物性のさらなる定量化によって新しい分野が目覚めるかもしれない。
ネットでの噂が噂を呼び、様々な情報が飛び交っている。すでに、使えない事は分かっていたと予言するものや、逆に大量に浴びた方がいいかという意見もある。企業との研究だけで陰謀と拒絶したりもする。
しかし、化学というのは起きた物事を集めて集めて証明をしなければ完成とも失敗とも言えない。失敗も分析しなければ意味がない。
それ故、今後応用化学界の長期戦になるでしょう。
参考文献
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