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自殺未遂のブスがイメコン受けてギャルになるまでの手記【中村うさぎエッセイ塾課題】

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以下は、中村うさぎエッセイ塾の「テーマ:いつもと違う文体で書く」という課題で提出した、1万字超えのエッセイです。
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<2016年5月13日>
気持ち悪さで目が覚めて、顔を洗いに洗面所に行ったらさ、鏡に映る自分の顔がパンパンに腫れてたんだよね。首周りに青い痣もできてた。
時計見たらまだ午前5時前で、今日は就活の面接もないから一日寝てたかったのに、まじ最悪。てかもう、昨日が最悪。人生で一番クソみたいな飲み会だった。

顔が腫れてるのは飲みすぎたせいも多少あるだろうけど、主な原因は昨日の夜首を吊ろうとしたから。ドアノブ首吊りっていうの?長座しておしりが浮いてれば頸動脈は圧迫できるって、ググったら出てきたからやってみた。しばらくしたら頭の中に黒いモヤみたいなのが出てきて、それがどんどん広がっていくのがどうにも恐ろしくなって、あっさり途中で止めちゃった。体感は何十分もそうしていたような気がするけど、多分数分もしてないと思う。

私っていっつもそう、自分で決めた自分との約束全然守れないじゃん、ってなんかもうめちゃくちゃ悔しくなっちゃって、これはもう意識飛ぶまで飲むしかねえな、って思った。午前3時くらい?むしゃくしゃしながら自分の部屋出てキッチンに向かったんだけど、途中で通る居間のソファで、お母さん寝てるのよ。たぶんこの人いつものようにウイスキーがぶ飲みして泥酔してるから、うっかり起こしたりしたらまた就活やら大学の成績やらで暴言を吐かれると思うとやっぱり怖くてさ、今まさに死のうとしてたのに馬鹿みたいだよね、でもほんとに抜き足差し足忍び足で、キッチンからグラスと母のウイスキーくすねて自分の部屋に戻ったよ。情けないね。

なんでこんな荒れてたかっていうと、さっきも言ったとおり、昨日の夕方の飲み会が最悪だったから。高校のときにつるんでた男友達4人とさ、3年ぶり?ぐらいに飲んだわけ。就活の面接数件こなしたあとの、夕方に。まあ私が企画したんだけどね、その前に4,5回お誘い断っちゃってたから。
高校生だった当時は「ディスり合うのが友情、お笑いにストイックなのが真理」みたいなスタンスでつるんでたんだけど(奴ら、ダウンタウンに憧れてたんだよね…)、ブスだの顔面クレーターだの、容姿をストレートに貶されながら自虐で笑いを取るのって結構しんどかったんだな、って大学入って思ってさ。

当時はなんか、「男子の中ににただ一人の女子として混じって“男友達の付き合い”をしてる私って、他の平凡な女子とは違う」とか、「私は他の女の子とは違って、お笑いを“わかって”る」とか、変な優越感に浸ってたんだけど。まあ、奴らが学校で人気者だった、ってのもある。そんな奴らに評価されて、何かある度に招集かけられてたらさ、「待子ってなんかすげえ奴なんだな」って勝手に私の周囲からの評価も上がってったの。だから、奴らとつるむことは、高校で楽に生きていくのに役に立ったのは事実。

でも、大学ではそんな関わり方を求めてくる人はいなかった。むしろ、私が自虐で笑いを取ろうとするたびにちょっと引かれた。女子校育ちの子たちなんて、「そんな酷いこと、誰に言われたの?可哀想に」って憐れんできたりしたのよ。だから、あ、この関わり方って自分を傷つけてたんだな、ってやっと理解して、奴らを避けるようになった。ってのが、奴らの飲みの誘いを断り続けた大きな理由。「待子は、ブスとしてのお笑いをわかってるから評価してる」なんて言われても、今はもうあんまり嬉しくなかったから。私、別に好きで自虐して笑いを取りに行ってたんじゃなくて、処世術として無理してそう振る舞ってただけだし。

でもさ、流石にもう21歳じゃん、私の周りの男の子たち誰もそんな嫌なことしてこないんだから、奴らも流石にもうそういうことしないんじゃないかな、って思って。奴らそーゆー点以外は普通に面白いし、一緒に馬鹿騒ぎできる人たちだから、そのときちょっと就活と卒論で参ってたこともあって、昔とは違った関わり方で、楽しくストレス発散できるんじゃないかって期待したの。

まあ愚かだったよね。私が。その期待は大外れ。21歳の奴らは、どうやら大学では年相応に振る舞ってるっぽいんだけど、高校のメンツで集まっちゃうともう高校生に戻っちゃうらしいわ。しかもずっと飲み会断ってた私が奴らを招集したことに、なんか張り切っちゃったんだかテンション上がっちゃったんだか知らないけど、高校の当時よりよっぽど酷い容姿ディスを食らった。私のほうは昔と違って自虐で笑いを取らずに、ストレートに嫌悪感を伝えたけど、それでも奴らは止まらなかった。むしろ、私が抵抗することに苛立ちを見せた。2時間、四方八方から容姿ディス。仕事探す前にお前見た目なんとかしろよ、お前のブスは原因わかってんだからさっさとその汚えぼこぼこを隠す努力をしろ、お前のそれは怠惰だ、腕も足もまーーだ掻き壊してんの?ブスじゃなかったら付き合ってやったのによぉ。服もだっせえし、なんでこんなクソ暑い日に長袖長ズボンなんだよ、靴も汚えなあ。

これさ、耐えられる?言い訳をするとさ、私は幼児湿疹もすごかったらしいけどニキビも物凄くてさ、11-18歳ぐらいまではもう顔面に白ニキビがびっしりだったの。それで奴らが私を「ブツブツ」ってなじるから、もうニキビが怖くて怖くて必死に皮膚科通ってた。ネットで見たニキビ対策の化粧品もたくさん使った。でもその当時はまだあんまいい薬がなくて、医者の処方通りに塗ってもどんどん新しいのができて、どんどん潰れて、その度に肌に穴が開いて。
大学生になってニキビが落ち着き始めたら、今度はクレーターで月面みたいな顔面になっちゃって、今はそっちで皮膚科通ってるんだけど、「この深さのクレーターだとピーリングじゃ無理だね…」って断られてる。ほんと、どこ行っても断られる。じゃあ化粧で隠そうと思って色々勉強して色々試したら、私アトピーなんだよね、今度はそっちが暴走してさ。強いカバー力のあるファンデーションを使えば使うほどかぶれて、肌が悪化する。

女の子ならわかってくれると思うけど、肌が汚いのって地獄でしょ?ベースがマイナスなわけだから。アトピーも、「ストレスが原因」「食生活が原因」「不潔が原因」とか、さも私の生活だけが悪いかのような言い方されて、じゃあ私よりえげつない生活してる妹はなんであんなきれいな肌なんだよ畜生、なんて思いながら、医者の処方どおりステロイドと保湿剤を全身に塗りたくっても、湿疹は出続ける。お母さんは「掻くから痒くなるんだよ」みたいなクソ理論ぶちかましてくれたけど、湿疹が出るから痒いんだよ。この湿疹を止める術が現状の医学ではないから、21歳にもなって両手両足傷だらけなわけ。

努力はしてる、いろんなところに相談もしてる、それでもダメで今の私の顔と肌がある。だからちゃんと「わきまえたブス」としておしゃれはしないし、メイクもしない。肌が隠れる地味な長袖長ズボンを着て、私に化粧なんておこがましいよね、という態度で生きている。それをさ、今の私の現状、つまり結果だけ見て、さも努力してないかのように言わないでくれよ。めちゃくちゃ足掻いた上で、科学が追いついていないことがわかって絶望してるんだよ。
挙げ句、「ブスじゃなかったら付き合ってた」とか言わないで欲しかった。こちらにも選ぶ権利はあるし、その言い方だと、私は人格としては問題ないけど、容姿のせいで何をしても女として落第、って感じに聞こえる。それでなくても今ちょうど就活でお祈りされまくって、否定されまくってんだから、「容姿が悪いので何をしてもダメ」ってのはてきめんに効く。ひょっとして、どれだけ面接対策とか、自己PRとかの改善をしても、私はこの容姿でどこからも内定がもらえないんじゃないか。早くこんな家から出たくて、自活したくて必死だったけど、どこにも雇ってもらえないならもう生きてる意味なんてないじゃないか。って。

まあ、今考えるとちょっと短絡的だよね。理論むちゃくちゃというか。酔いと絶望と、たぶん、面接の疲れもあったんだと思う。だって分母4人の否定が、そのまま世界からの否定にはつながらない。少なくとも、大学ではこの容姿にも関わらず仲良くしてくれる男友達もいる。

たかが4人のクズのせいで、朝5時にパンパンな顔で洗面所に立っているこの状況がクソ喰らえって感じ。とりあえず、奴ら4人のSNSは全部ブロックしよう。そんで、もうちょっと寝よう。そしたらきっとちょっとは元気になってるはず。過去の人々に会って、今のコンプレックスをドンピシャでぶっ刺されて、傷付かない人なんていない。刺す方がデリカシーないわ。そんで、できる努力は改めて探してみようかな。また徒労になるならそれは仕方ない。まぁここで恐れてんのは、肌の悪化なんだけどね。努力をした結果がマイナスに振れたときほど、世界を呪う日はないから。

<2018年4月24日(火)>
社内の業績コンペ、優秀賞だった!
最優秀賞は該当なしで、他部署の主任と同率首位。入社2年目でこれってかなり珍しいみたいでさ、全然しゃべったことなかった他部署の人がめっちゃ話しかけに来るのウケるし、OJTの先輩が「ワシが育てた」みたいな顔して横で「当然です」とか言ってんのもウケる。仕事ってすごいな、やればやるだけちゃんと褒めてもらえる。実家脱出したから、家帰って貶されることもないし、嬉しい気持ちがずっと持続するからモチベになるなー。

ただちょっと気になってんのが、副部長なんだよね。すごい可愛がってくれて、助けてくれるし褒めてくれるんだけど、最後必ず「あとお前は服装だけだなあ。ちゃんとしなさい、もう大人なんだから。男社会だからって女を捨てるのは、お前にとって良くない」って説教食らう。
この会社には女の営業が私しかいないし、取引先にも男の人しかいないから、なんか女の子扱いされるのも不愉快で、好きで質素なユニクロスーツ着てるんだけど。今日もさ、わざわざ大阪から電話くれてコンペのこと褒めてくれたのに、そのあとまた服のこと言われた。私ブスだから、いわゆるオフィスカジュアルとか絶対滑稽に見えると思うんだけどなあ。そこまで言われちゃどうにかするしかないのかなあ。

<2018年7月22日(日)>
パーソナルカラー(PC)、パーソナルデザイン(PD)って概念があるの知ってる?俗に”イメコン”とも呼ばれる界隈。
ファッション理論のひとつなんだけど、PCは持ち前の体の色(肌、瞳、唇の色とか)に合う色を、四季の名前に例えて分類する診断。「春」は黄みが強くて明るい色群(本田翼とか)、「夏」は青みが強くて淡い色群(広末涼子とか)、「秋」は黄みが強くて深い色群(安室奈美恵とか)、「冬」は青みが強くて鮮やかな色群(小松菜奈とか)、って感じ。
PDは、容姿の雰囲気を「ファッショナブル(小池栄子とか)」「ナチュラル(新垣結衣とか)」「グレース(仲間由紀恵とか)」「フェミニン(佐々木希とか)」「ロマンス(藤原紀香とか)」「キュート(宮崎あおいとか)」の6種類に分類する診断。

ほとんどの女の子はこんなものに頼らなくても、自分の似合う服装やらメイクやらを自然と高校生ぐらいから自覚し始めるんだろうけどさ、私はなんか何試しても野暮ったいままな気がしてて、Twitterで「似合う服 見つけた」で検索しまくってたらこの概念見つけたの。“イメージコンサルタント”って名乗る人たちが有料で診断してくれるんだってさ。ちょっと占いみたいで胡散臭さあったけど、藁にも縋る思いで3万円払ってグループ診断受けに行っちゃった。

そしたらさあ、もうびっくり!気持ち的には「一重丸顔ケツデカ汚肌ブスがこんなとこ来てすみません」みたいな感じでサロン入って診断士さんに挨拶したんだけどさ、その人開口一番「あなた、なんでそんな自信無さそうなの?あなたは自分で思ってるより、ずっと容姿が整ってる。たしかに腰は張ってるけど、でも別段大きいわけではないし、顔は小さいし首はあるし、ウエストもキュッとしてる。もっと自信持って」って言ってきて。一瞬おべっかかとも思ったんだけど、一緒に診断を受けるグループの他の人にはそんなこと言ってなかった。だから私もう一瞬でその診断士さんにオチちゃってさ、「騙されてもいい、一旦この人信仰しよう」って思ったんだ。

で、肝心の診断結果はPC:冬 PD:ナチュラル(メイン)ファッショナブル(サブ)だった。自分的には秋のグレースだと思ってたからこれもびっくり。PC冬の色群ってめちゃくちゃ鮮やかなんだよ。原色の赤と青に白と黒、ピンクだったらショッキングピンク、マゼンタ、フューシャとか。もうバブリー大爆発!みたいな色群で、モードを着こなせる美人しか着ちゃいけない色だと思ってたから。まさか自分が似合うとは。

診断士さんにその感想を言ったらさ、「日本人は無難が大好きだから、服もコスメもPC春かPC夏のパステルカラーばっかりなのよね。でも待子さんはそんな淡い色じゃ全然足りないの。雑誌とかで“万人に似合う”って言われてる茶色とかベージュとか、地味~な色使っちゃうと、あなたは肌の粗が強調されちゃう。だから今まで“どの服もコスメも似合わない”って思ってしまったんだと思う。今、PC冬のメイクした自分を鏡見て、どう?ずっと気にしてたっていうニキビ跡も、ファンデーション厚塗りしたわけでもないのにそんな目立たないでしょう。こうやって診断を受けに来る人、結構PC冬の人が多いのよ。“似合う色が見つからない”で苦しんでる人で、鮮やかな色を試す人って少ないから。」とのことだった。

塗られた口紅が、あまりにド派手なフーシャピンクでぎょっとしてしまって、これが似合っているのかそうでないのか判断できないぐらい違和感すごかったけど、でもプロが言うならきっとそうなんだろう。いやしかし、自分だけだったら絶対にこの境地にはたどり着かなかった。プロってすごい…。

PDの方も驚きだった。ナチュラルはまだわかるけど、サブでファッショナブルが入っているだなんて。だってファッショナブルってそうそうたるメンツなんだよ、小池栄子、米倉涼子、アンミカ、菜々緒、もうみんな圧がめちゃくちゃ強いわけ。まあ私はサブで入ってるだけだからそこまでじゃないけど、診断士さん曰く「あなた、シンプルな服装だけだと足りないのよ、パンチが。だから自分でも“野暮ったい”って思っていたんじゃない?雰囲気に派手さがあるから、小粒ネックレスとか、地味な服とか、似合わないのよ。そうじゃなくて、げんこつ大のピアスとか、カーテンみたいな大きな柄のスカートとか、そういうのが必要なの。ベースはナチュラルだから、今の服装ならこうやってバッチリメイクして、派手なアクセサリーとかバッグ、靴を足すといいわ」とのことだった。

確かに、アンミカがスッピンで上下地味な色のユニクロだったらちょっとみすぼらしく見える気がするもんな。あの人はバチバチのアイメイクとか、上下原色とか、カーテンそのまま巻いてきたんか、みたいなドレスとか着てなんぼな感じするもん。そうかー、だから副部長はやたら「ちゃんとした服着なさい」って言ってきてたのか。私的にはシンプルで清潔感のある服を着ていたつもりだったんだけど、サブでファッショナブルが入ってるから、逆にみすぼらしく見えていたんだなあ。しかしオフィスカジュアルとめちゃくちゃ相性悪い気がするぞ、ファッショナブル…。

それでも、私は世間に許される格好がしたくてこの診断を受けに来たんだから、診断士さんの言うことを信じよう。だってプロが「似合う」って言ってんだから。「ブスなんかじゃない、似合う装いを知らなかっただけで、あなたは美しい」って言ってんだから。今まで私には許されないと思っていた、華美でモードでかっこいい見た目を、目指してもいい、目指すべきだって言われたんだから。私まだ綺麗になれるんだ。

診断結果を半信半疑で、いや、八信二疑ぐらいで反芻しながら帰路につくと、その途中で人生初のナンパを受けた。それも2人から。行きと服装は変わってなくて、メイクをPC冬の色にしてもらっただけなのに!
これを受けて、診断結果が百信零疑に変わった。よし決めた、クローゼットと化粧ポーチを総取っ替えしよう。

<2018年10月27日(土)>
今まで塩対応だった隣の部署の先輩、最近やたら構ってくると思ったら、私がビジュアルを変えたからか。男の人ってこんなにあからさまなのね…。

ていうか、新卒の頃は「私は男性みたいに働くしか生きていく方法ない」って思っていたから、この会社に入って疑似成人男性を目指してたけど、PCPD診断受けてから女性らしい格好しても全く問題ないことに気がついたし、なんならたぶん23歳っていう若さゆえなんだろうけどちやほやされるようになったし、これを逃したらあとはない気がする。ちゃんと女として働きたいなあ。

あー、なんかもうそう考えちゃうと、転職しかないなあ。今の会社、面白いっちゃ面白いんだけど、なんか私が部の利益の半分稼いでたり、OJTで平均60点のところ100点出ちゃったり、2年目でこれならもっとレベル高いところ行かないともったいない気もするんだよね。そもそも周りに女の総合職がほとんどいないのも、万年作業着にヘルメットなのもしんどいし。次は、スカートにヒールとかで働けるところがいいなあ。女のまま、人として男性と対等でいたい。いまは完全に男装というか、男体化しちゃってるから。目指しちゃいけないと思ってたキラキラ丸の内OLとか、上場企業のバリキャリ営業ウーマンとか、そういうのもいいかも。自分で気がついてなかった、自分で持ってるパスポートを全部使いたい。

そのためには、勝手に自分で「私には無理」を決めちゃだめよね。

<2018年12月25日(火)>
ファーストピアスを開けたよ。
終わってみれば、なんてことなかった。今までは「ピアスを開けるということは、不良であり、反逆であり、身の程知らずであり、ブスの呪いで封じられた行為であり、アトピーゆえできない行為で」とかうだうだ考えてたけど、勢いで美容皮膚科行ったらすぐ診察室通されて、「はい開けますね、少し重くなりますよ、さん、にー、いち、」ばつん。終わり。

あれだけ躊躇して悶々として自ら封じてきたのに、終わってしまえばあっさりだ。ピアスの穴を開ける前と後とで、別に生活は大きく変わらない予感がする。
世界は私が思っているよりきっとずっと単純で、希望があるんだろう。

<2019年3月18日(月)>
やっぱり二重埋没してよかった。
まだアイメイクは試行錯誤の最中だし、擦らないようにクレンジングするのも手間だけど、それでもやっぱり化粧を落としたあと落胆することが減ると、格段に自尊心が保たれる。スッピンでもある程度自分の顔に自信が持てるというか、絶望しない。ありがたい、少しずつ前向き。女の子になりたいな。
ずっとショートカットだったけど、ロング目指してみようかな。

<2019年6月30日(日)>
なんかこうもあっさり彼氏できると拍子抜けだな。まともに付き合ったことないのがあれだけコンプレックスだったのに。

彼氏ができる前の朝と、できた後の朝、何も変わらない。精神の凪も。たぶんこれ続かないだろうな。退屈だし。燃えるような執着とかないし。というか最近、「美人ですね」って言われても「ああはい、ですよねどうも」みたいな気持ちになってしまうのが末恐ろしい。デートで行った飲み屋のママに「正統派美人ね」って言われて、彼氏はなんか自慢気だったけど、私はなんか「そらそうでしょ」みたいに思ってた。怖。

<2019年7月13日(土)>
私のこと嫌いな人なんてこの世にいるの?って感じ。
天真爛漫で礼儀正しくて無邪気な女の子、仕事はできるけどおっちょこちょいで憎めない。みんな好きでしょ?
昔はね、「待子に好かれちゃったぜウワー」みたいなのがあったけど、今はないから。外で人になんかジロジロ見られても、昔だったら「私の格好なんか変かな、それともブスかな」なんて思ってたけど、今は「いい女でしょう、好きに見なさい」みたいな気持ちで肩で風切って歩いてる。

<2019年8月13日(火)>
スナックのバイトも、なんかこなれて来たなあ。
私の容姿がどこまで通用するのか試してみたくなって、でもいきなりキャバクラだとハードルが高いから、よく行くバーで合いそうなところ紹介してもらったの。面接受けたら即採用されてさ、出勤初日からなんかやたら可愛い可愛い言われて(まあ他が大お姉様ばっかりだからだろうけど)、歌も褒められて、マスターからも「大型ルーキー」って扱いで、めちゃくちゃ優越感に浸れるし自己肯定感が爆上がり。カラコンとつけまつげを常備する女になっちゃった。だってママに相談したら、全然違和感ない、むしろそっちのほうが可愛いって言われたから。ちょっとギャルみたいになってきた。ウケる。

それでちょっと調子乗って、初めてクラブ行ってみたけど、思ってたよりずっとナンパされた。まあ暗くて顔あんま見てないんだろうけど。でもさ、スナックで可愛い可愛い言われ続けたことで、男に媚びれるようになってきたなあって思った。媚びることは、男に屈することじゃなくて、男を屈服させることなのかもな、って。なんで今まで無理に張り合ってきたんだろう。肉体は女なんだから、活かせばよかったのに。これって別にずるいことではなかった。

ただ、日常生活でも夜職のヘアメイクしないと安心できなくなってきたのがちょっと困るかな。スッピンだとコンビニすら行けない。髪も巻かないと。TシャツにGパンで出歩くのが怖い。

<2019年10月1日(火)>
私、何やってんだろ?最初は面白かった夜遊びも、生産性なくて飽きてきちゃった。
スナックが人生にかなり介入し始めているのもまずい。マスターから、「継ぐ?それとも二号店出す?」なんて冗談言われてたのが、どんどんガチトーンになってきてるのがやばい。このままだと水商売から離れられなくなっちゃって、若さを失ったときかなりピンチになると思う。親友も、「社会勉強として、副業としての水商売は悪くないと思うけど、それを本職にするのは辞めたほうがいいと思う。あまりに不安定すぎる」って釘刺されたし。

やっぱり、ちゃんと転職しよう。ここのところ自分の容姿だけに関心があって、スキルとか将来とかの一切を疎かにしてた。いくら可愛くっても、中身のない、男に消費されるだけの女って、私が一番軽蔑していた人たちだったはず。ていうか、母がめちゃくちゃ嫌ってたタイプの人。今の自分ってまさにそれじゃん。着飾って、媚を売って、それで金と称賛を得たつもりになって。でも実は若さの切り売りをしていただけで、得た金以上に貴重な時間を失っていたんじゃないか。

<2020年3月4日(水)>
せっかくめちゃくちゃ努力して大手上場企業に入ったのに、コロナの影響で在宅勤務です、絶賛。噂に聞いてたやばい飲み会とか、社内で初コロナが出る前の1ヶ月半しかなかった。

最近人と対面で合わなくなって、仕事するのはビデオオフのWEB会議とかチャットばっかりだから、全然容姿が武器にならないや。逆に言うと、中身だけで勝負していかないといけない時代に入ったのかもなあ、なんて。でも、夜遊びもスナックも必要な寄り道だったと思う、だって地の底にあった自尊心がここまで回復したんだから。おかげで男の先輩でもちゃんと頼れるようになったし、変に張り合おうとせず、わからないところは質問できるようになった。

そうそう、あとね、カラコンとつけまつげなくても出かけられるようになったんだ。マスクしてるとフルメイクしててもなんか過剰に見える気がしてさ、まあ逆に言うとマスクで顔半分隠れてんだからいいやと思って、普通のコンタクトとマスカラで外出てみたんだけど、別に誰もなんも言ってこないし、指刺されたりしないし。なんだあ、こんなもんかあ、って思った。別に、自分の顔も捨てたもんじゃないな、みたいな。薄化粧でもそんなブスじゃないし、そのままでも可愛いし、無理して盛りまくらなくてもいいなあ。

<2021年5月31日(月)>
2年かけて伸ばしたロングの髪をばっさり切りました。
だって、もう長い意味がわからなくなったんだもん。なんか突然終わりを迎えたんですよ、女の子期というか、ギャル期?
「あ、目的果たしたわ」って唐突に思って。夜遊びとスナックを完全に自分から切り落としたような気持ち。

長い髪って、自分との戦いというか、「私だって髪伸ばせるのよ、似合うのよ、可愛いのよ」っていう意思表示、ブスの呪いとの戦いだったから。でももう満足したというか、やりたいことはあらかたやりきったな、って直観したの。

ゲームで例えるとさ、1回クリアして2周目入ったとき、装備はデフォルトに戻っちゃうけど、キャラクターのステータスとか技とかは、1周目のものを引き継いでるような感じ。ここ2,3年ぐらい肩に力入れて、無理して見目を良くする努力をしてたけど、今はもうわりと自尊心も満たされて、吹っ切れた。もうのびのびやろうよ、自然体に生きても私は美しいよ。

髪切る直前までは、「昔の私に戻っちゃったらどうしよう」なんてちょっと思ってたけど、切り終わって鏡に映る私は、昔よりよっぽど大人の女性に見えていた。二重幅は随分狭くなっちゃったし、まあ肌はそんなに昔と変わってないけど、でもアトピーの新薬がどんどん出てきているみたいだし、そっちは新たな希望がある。化粧だって、最近はベースメイク+PC冬カラーのリップぐらいしかしていないけど、周りの私に対する態度は全然変わらない。

これにてリスタートです、私の人生。2018年夏に生まれ直して、そこから3年で一気に思春期をやり直して、2021年夏、やっと成人した感じ。

遅いね、もう26歳だよ。でも、自尊心の回復って心理学的にもめちゃくちゃ難しい課題らしくて、低い自尊心に一生苦しむ人も多いみたい。そう考えると、まだ20代でやり直せてよかったのかもしれないな。昔は未来に絶望することが多くて、すぐ空腹みたいな希死念慮に襲われてたし、漠然と「30歳で死ぬんだ」なんて思ってたけど、最近はそんな死にたさも湧かなくなった。30歳以降にやりたいビジョンもある。これが本当に助かる。飢餓みたいな死への欲求って、抗うのめちゃくちゃ苦しいから。だって飢餓だもん。

他の人より6年も遅れて成人した私だけど、これからどんなことをしようかな。なんだってできるはず。映画『アイフィールプリティ』じゃないけど、自分の扱われ方って実は自分が決めてるんだよね。「卑屈ブスです」って自分から発信してたら、他人からもそう扱われるし、「有能な美人ですが?」って自分で心から思ってたら、他人もそうやって扱ってくれる。他人からの評価って、外見が100%じゃなくて、自己肯定感が大部分を占めてたんだね。何事も心の持ちよう、ってきっとこういうこと。

だから、「私にはきっと許されない」って自分で自分を呪縛するのはもう二度と止めよう。法を犯さないかぎり、誰にも私を裁く権利はない。自分がどんなパスポートを持っているかなんて、新しい扉に飛び込んでみないとわからないし、その扉の先で、また新たなパスポートを獲得していけるはずだから。

私の未来は、きっと明るい。

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