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【雑川柳】「政治改革」を詠む

 いま、どれほどの国民が政治を信頼しているだろうか? そして、政治はどれほど国民を救ってくれているのだろうか?
 残念ながら、国民に政治への“信頼”は存在しないし、政治に国民への“思いやり”は無い。そう考えると、封建社会の江戸時代の方が、よっぽど国民生活を慮っていたと思えてならない。民主主義の世の中よりも。何故そう思うのか。その理由わけは、国民の疲弊は支配階級の弱体化に直結するからだ。そのため支配階級の人間は国の治める方法を学び実践していた。後世の我々が信じ込まされている“悪代官伝説”は、明治政府が己の正当性をアピールするために流布した創作に過ぎない。
 幕末の黒船ショックは、「政治」というものを金儲けの手段に成り下げてしまった。明治維新後の日本の政治は、政治の本質を知らぬ輩たちの遊戯場と化してしまったのだ。
幕末の志士たちは、金の亡者が支配する社会を創るために命懸けで幕府政治を倒したのだろうか?
 政治屋の決り文句に、「政治はカネが掛かる」という言葉があるが、本当の政治とは貧窮する国民のためにカネを創り出すものだと思う。
 民を困窮させる国に発展はない。
 政治の根本は、国民に労働の場を設け、労働に対して適切な賃金を得られるルールを作り、国民が生活に困らぬように気を配るものだと思う。
 政治とは、けっして政治屋個人の懐を温める手段ではない。己の身が危うくなると政治屋は、きまって「政治改革」を唱えるが、一度懐の温まった政治屋が己の身を切る「改革」をするわけがない。そんな彼等を茶化して詠む一句。

 よくれば「あらた」められぬツラの「かわ

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