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人事制度を作る時に、労働法・就業規則・雇用契約など「労務法務の視点」がないと危険な理由

社会保険労務士の業務として、労働基準法で定められた就業規則やその他の規程や雇用契約書(正確には労基法上の労働条件通知書)などの作成が独占業務として定められています。

こうした業務は「労務法務」業務などと呼ばれます。

この「労務法務の視点」はとても重要で、特に人事制度を作る時などにこの観点を持たないと、後で重大なトラブルの原因になったり、施策としても不完全なものになる場合が多いと思います。

人事制度を作る場合のケースに即して、解説をしてみたいと思います。

なお、今回は「こういう観点がないと危険です」という点だけをあえて列挙していますが、なぜそういうリスクが生じ得るような決まりがあるのか、ということにはいろいろな深い理由があります。ただ、論がわかりにくくなるので、今回はあえてそういうことは省きます。ご了承ください。


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人事施策を作る時に、労務法務の観点がないと危険なポイント


人事施策として、たとえば評価制度を構築した場合を考えてみます。

今までは業務経験による技能を評価していて、少額の昇給のみであった企業があるとしましょう。こうした企業で、年齢が高い方の給与水準が高すぎたり、若い方の活躍がしづらいため、実績で評価するような仕組みを導入したいと考えました。こうしたケースは多くあります。

こうした制度を導入する時に、評価制度の立案の方法には様々なノウハウがあります。たとえば、活躍している社員の方と、していない方を比較する、などです。このようなコンサルティングを行う企業も多くあります。

さて、施策案がまとまったとして「労務法務の視点」を持って施策を実行しないと危険であるどころか、施策の実行全体が不当で違法になる可能性があります。より具体的には、たとえば以下のようなことが挙げられます。順に解説していきます。

①労働基準法・労働契約法や、ほか法令違反の可能性
②就業規則や規程に正しく反映しないと、制度を行うことが不当になる可能性
③条件の通知の仕方など、雇用関係の手続きに違反する可能性
④本来受けられる行政の支援等が受けられない可能性


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①労働基準法・労働契約法や、ほか法令違反の可能性

まずは、施策の内容が適法なものであるかということが重要です。
たとえば、労働契約法上「労働条件の不利益変更」は禁止されており、違反する労働条件の変更は無効なもの(変更されていないということ)になってしまいます。成果主義的な給与・評価制度を作る場合、まずこの点の検証が必要になります。

不利益変更への対応方法は、制度を変更するほかにも、妥当な形の合意をする・代償措置を設けて不利益な変更ではなくすなど、判例で認められたいくつかの方法を取る必要があります。

他にも、労働基準法・労働安全衛生法には相当に細かい規定があり、最低賃金法・育児介護休業法・職業安定法などにも注意が必要です。労働時間など働く長さに影響する制度・賃金に影響する制度・働く方を何らかの属性で区分をする制度などは、必ず法律的な考慮点があると言ってよいくらいです。

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②就業規則や規程に正しく反映しないと、制度を行うことが不当になる可能性

労働基準法89条で、10人以上の企業では就業規則を作成する義務が定められています。そのあとに就業規則で決めなくてはならない内容が書かれています。「就業規則」という名前が重要でなく、この法律に定められた内容を決めている社内文書は就業規則だということになります。

就業規則の効力は非常に重要です。ざっくりと表現すると「原則、社内でルールを運用する場合、就業規則に載っていないと不当であり法違反である」ということになります。

そのため、人事制度を決定したとしても、就業規則に反映するべき内容が反映されていないと、行うことが不当だということになってしまいます。

ごく一例としてたとえば、目標達成によって賃金を上げたり下げたりする、という運用を行おうとしている場合「賃金を改定する」ことに関する内容や時期を就業規則に定めないと(定めるべき内容は通常これだけではありませんが)、賃金の改定が法的に不当であることになってしまいます。

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③条件の通知の仕方など、雇用関係の手続きに違反する可能性


雇用とは契約であり、労働基準法上、通知の仕方が定められています。制度を作るということはこの内容が新設・変更されるということですので、通知が必要な内容があり、法律上必要な点を通知する契約書を作らないと、違反だということになってしまいます。
また、労働条件通知書や雇用契約書は、一定の形式をとって書かないと法違反になるような制度が多く、WEB上に落ちている汎用的な契約書を埋めるだけだと、内容が不備になるケースが非常に多いです。また、それ以外の手続きが必要な条件変更もあります。

ごく一例としてたとえば、固定残業代・手当・控除・労働時間の変更・賃金の変更・労働の場所の変更・フレックスタイムなど特殊な労働時間制度を作る場合などは、汎用的なものを埋めるものだけだと、基本的には不備や不足が出ると言ってよいと思います。

内容が間違っている場合、②と同じように、その制度やルールが不当であり、行うことが認められないということで、賠償などの可能性が出てきます。

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④本来受けられる行政の支援等が受けられない可能性


広い意味での労務法務に関することですが、行政からの企業の人事への支援施策というものはかなり範囲が広いです。
働き方改革の全体の推進や、健康管理や時間管理、高齢者や女性や病気治療中の方の活躍など、社会的に話題になっているものにはほとんどの場合、何らかの助成金や相談機関によるフォローなどの助成施策が設けられているものですが、こうしたものを見逃してしまうことは非常に勿体ない場合が多いです。

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労務法務の視点を必ず持って、制度を構築しましょう

以上のように、人事制度を作る時に「労務法務の視点」を持たないと、骨抜きになる場合や、違法になってしまったり、将来の重大なトラブルになってしまったり、ということが多いことがわかります。

そして、なぜこういうリスクが生じ得る労務法務上のルールになっているのか、ということにはとても重要な理由があります。今回は詳細は省略しますが、賃金や労働時間を明確にしたり、働く方の権利保護のためであったり様々な背景があるのです。
この辺りも理解しつつ制度を作っていくことが、働く方にとっても企業の発展にとっても必要なことだと言えます。

こうした人事制度構築・労務・法務は社会保険労務士の専門領域です。特に人事制度と労務法務の両面に強い社労士は、有効なパートナーになることのできる領域だと思います。

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