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*脚本の本棚*いいもんだ

 『いいもんだ』                   
 作 千頭和直輝

   大きな山の、大きな森の中に、木が二本並んで立っていました。

   とても背が高くて、肩幅のがっしりしたケヤキ。

   背はあまり高くないけど、しなやかな身体をもったカエデ。

   お互いに種類が違う木でしたが二本の木は仲良く暮らしていました。


   春が来ると


ケヤキ ふああ、毎日日差しが気持ちいいなあ。

カエデ そうですねえ。


   夏がくれば


カエデ 暑いなあ。こう毎日暑いと葉っぱがしおれちゃう。

ケヤキ 大丈夫かい。僕の葉っぱで覆ってあげよう。

カエデ うわあ、ありがとう!


   秋が来ると


ケヤキ カエデの葉っぱはいつ見ても綺麗だねえ。黄色や赤やだいだいや、いろんな色に染まってとても綺麗だよ。

カエデ ケヤキさんだっておんなじ色に染まってるじゃないですか。

ケヤキ ああ、そうだった。


   冬がくれば


ケヤキ 僕はどうも寒いのはだめなんだ。葉っぱは全部落ちちゃったし、寒くてしょうがない。

カエデ ケヤキさん。もう少しで冬があけますからね。もう少しのしんぼうですよ。


   こうしてまた春がやってきて、また仲良く一年を過ごすのでした。




   そうやって数えきれない程繰り返した春のある日、小鳥の夫婦がケヤキの枝に止まりました。


カエデ こんにちは、小鳥の奥さん。

小鳥妻 こんにちは。ちょっとお邪魔させてくださいな。

ケヤキ どうぞどうぞ。

小鳥夫 いやあ、助かりました。山の麓の木に巣を作って住んでいたんですが、その木が人間に切り倒されてしまいまして。

カエデ・ケヤキ え!?


   おどろいたのなんの。

   木を切り倒す人間がいるという話は、遠い海を渡って来た渡り鳥に聞いたことがありましたが、まさかこんな近くでそんなことがあるなんて。ケヤキは小鳥に訪ねます。


ケヤキ それは、この山でのお話ですか?

小鳥妻 いえ、私どももまた巣を壊されるんじゃないかと思って、いくつか山を越えて飛んできましたので。

カエデ そうですか。

ケヤキ よかったあ。


   二本の木はほっと溜息をつきました。


小鳥夫 ご心配をおかけしてすみません。

ケヤキ いえいえ、さぞお疲れでしょう。ゆっくり羽を休めていってください。

小鳥妻 ありがとうございます。

カエデ もしよかったら、私の枝で新しい巣を作ってくださいよ。

小鳥夫 本当ですか!?いやあ、本当に助かります。


   ケヤキとカエデは小鳥達と意気投合し、ケヤキの幹に小鳥達の巣を作ることになりました。





   その年の夏、小鳥の夫婦の間に、ひな鳥が生まれました。ひな鳥はよちよちと巣の中を歩き回ります。あっちへふらふら、こっちへふらふら。そんな姿に自然とみんなの顔がほころびます。

   カエデとケヤキの葉が色づいたある日、ひな鳥がうっかり巣から落っこちてしまったことがありました。ケヤキがすぐに気付いて葉っぱで受け止めてあげたので、ひな鳥はけがをせず、無事に巣まで戻ることができました。


小鳥妻 本当にありがとうございました。(ひな鳥に)ほら、ケヤキさんにありがとうして。

ひな鳥 ありがとうございました。

ケヤキ いや、けがが無くて良かったですよ。(ひな鳥に)もう落っこちないように気をつけるんだよ。

ひな鳥 はーい。





   厳しい冬が過ぎ去り、また春がやってきました。ひな鳥はすくすく成長し、お父さんと一緒に狩りに出かけるようになりました。そんなある日、狩りから戻ったお父さんが言いました。


小鳥夫 大変です!この近くでまた人間達を見かけました。大きな斧をかついで、いろんな木を触って、何か話している様子でした。

ひな鳥 僕も見たよ!けむくじゃらで太っちょの人間とひょろ長の人間だった。

カエデ そんな・・・。

ケヤキ もうこんなところまで・・・。


   カエデとケヤキはすっかり黙ってしまいました。

   小鳥達には翼があるので、人間達がやってきても、また次の木を見つけて巣を作ることができます。しかし、地面から離れられない二本の木は、逃げることもできないのです。





   そして、ついにその日はやってきました。

   ある暑い日の夕方、草木を選り分けて、人間達がやって来たのです。


ひな鳥 来たよ!来た!

小鳥夫 人間達がやってきました!すぐそこに!


   人間達はカエデとケヤキの前に立ち止まりました。ふとっちょがケヤキに触り、ひょろ長に何か話しています。ひょろ長はうなずいて、満足そうにしています。


ケヤキ わ!


   ふいにふとっちょがケヤキの幹に、大きな斧を叩き付けました。

   ケヤキはもうだめかと思いましたが、二人の人間はそれだけで帰っていきました。ケヤキの幹には大きな斧が残されています。


ケヤキ カエデ、今までありがとう。さよならだ。

カエデ どうして?人間達は帰っていきましたよ?きっとケヤキさんの幹が硬くて諦めたんだ。

ケヤキ いや、きっとこの斧は目印なんだよ。今日は遅いから、明日の朝にでも切り倒すつもりなんだろう。

カエデ そんな・・・。

ケヤキ 小鳥さんたちも、今まで優しくしてくれてありがとう。ここはもう危ないから、暗くならないうちに、もっと山の奥深くまで行って、新しい巣を作ってください。

小鳥妻 でも・・・。

ひな鳥 いやだよう。

小鳥夫 私たちに何かできることがあれば。

ケヤキ (ひな鳥に対して、優しく微笑んで)この子を、どうか立派に育ててあげてください。いつか僕たちみたいな木に出会った時に、仲良くお話しができるような、そんな優しい心を持った大人になれるように。

小鳥夫 ・・・わかりました。

小鳥妻 ・・・今まで、本当にありがとうございました。


   小鳥の親子は、言葉少なに、新しい場所を求めて旅立っていきました。





   その日の夜。大きな満月がカエデとケヤキの葉っぱを照らし、きらきらと輝いています。

   カエデはぼそっと呟きました。


カエデ ケヤキさん。

ケヤキ なんだい?

カエデ ケヤキさんは、怖い?

ケヤキ 何がだい?

カエデ 人間に切り倒されること。

ケヤキ そうだねえ。怖いねえ。切り倒された後、僕はどうなるんだろう。

斧 あの・・・。


  二人の話を聞いていた大きな斧が、たまらずに話しかけてきました。


斧 僕は麓の林で切り倒されて、のこぎりで切られて、やすりで削られて、斧になりました。斧になったあと、人間達はよく手入れをしてくれて、いまでも大事に使ってくれています。こうやって目印に残されるのはちょっと寂しいですけど。

ケヤキ そうか、君も元々、僕たちと同じ木だったんだね。

斧 ええ。僕も切り倒されるときは、怖くて仕方なかったですけど、斧の生活もそんなにわるいもんじゃないですよ。

ケヤキ そうですか。


   ケヤキは少し安心して、その日は眠りました。






   次の日、ふとっちょとひょろ長は、たくさんの仲間を連れて、ケヤキの元にやってきました。


斧 ケヤキさん。ちょっと身体を叩きますが、痛くないからじっとしていてくださいね。

ケヤキ うん。


   ふとっちょが斧を外し、大きく振りかぶってケヤキの身体に叩き付けます。そのたびに、こーん、こーんという音が森に響き渡りました。

   やがて、めりめりっと大きな音を立てて、ケヤキが倒れました。


ケヤキ カエデ。さよならだ。またどこかで会えるといいね。

カエデ うん。元気でね、ケヤキさん。さよなら。


   ケヤキは何人もの人間の男達に運ばれて、カエデから遠ざかっていきます。

   日が暮れる頃、ケヤキの姿はすっかり見えなくなりました。


カエデ 寂しいな。ケヤキさんがずっと一緒だったから、ひとりぼっちになることなんてなかったのに。



 カエデは、何日も、何日も、ひとりぼっちでじっと時を過ごしました。

   その間にも、カエデの周りで、こーん、こーんと、斧をふるう音が聞こえ、何本もの木が切り倒されていきました。

   いつのまにか、カエデの周りに立っていた木は少なくなり、代わりに人間の家が建つようになりました。

   人間たちは、カエデの木陰で休んだり、カエデを見上げて微笑んだり、カエデの落ち葉を拾い集めたりしています。ケヤキを切り倒したふとっちょも、何度かカエデの元にやってきました。カエデは


カエデ もう怖くない。ケヤキさんも斧になって、きっと毎日楽しくやっているだろう。私も立派な斧になって、ケヤキさんと一緒に働こう。

   と言って、斧になるのも悪くないと思うようになりました。




   涼しげな風が吹きわたる夏のある日、珍しく女の子を連れて、ふとっちょがカエデの元にやってきました。ふとっちょはいつものようにカエデの幹に触れ、女の子と笑顔で話し合っています。

   ふいに、ふとっちょがカエデの幹に斧を叩き付けました。カエデは


カエデ ああ、私もやっと切り倒されて、斧になるときがきたんだ。


   と、なんだか寂しいような、誇らしいような気がして、二人の人間が去って行くのを眺めていました。そのとき、カエデの幹に刺さった斧が話しかけてきました。


ケヤキ カエデ?カエデかい?

カエデ え?


   なんと、その斧はケヤキだったのです。


ケヤキ 僕だよ。ずっと一緒にいたケヤキだよ。いやあ、まだ切り倒されずに残っていたんだね。

カエデ うわあ、ほんとにケヤキさんなの?

ケヤキ 偶然てのはあるもんだね。カエデを切り倒すのが、僕だなんて。

カエデ 私もびっくりですよ。


   ふたりは再会を喜んで、別れてから今までのことを話し合いました。


カエデ もう私は怖くないんです。ケヤキさんと同じ斧になって、一生懸命働くんです。

ケヤキ それはいい考えだよ。ふとっちょはちゃんと手入れをしてくれて、僕もずいぶん頑張っている。人間とは話はできないけど、僕を大切にしてくれる人はいっぱいいるよ。


   カエデはますますその気になって、早くケヤキのように斧になってみたいと思いました。




   次の日の朝、ふとっちょが大勢仲間を連れて、カエデのもとにやってきました。ふとっちょはケヤキの斧をカエデの幹から外し、こーん、こーんとやりはじめました。ケヤキの斧は力強く、ふとっちょもなんだか楽しそうです。


カエデ もうすぐ、もうすぐケヤキさんと同じ斧になれるんだ。


   やがて、カエデは切り倒され、大勢の男達がカエデを担ぎ上げました。

   ゆっくりと、ゆっくりと、カエデが育った場所から遠ざかって行きます。

   大きなトラックの荷台に乗せられたカエデは、初めて見る景色に目を奪われ興奮しています。


カエデ ケヤキさん、あれは何?

ケヤキ あれは自動車っていうんだ。鉄で出来てるんだって。あ、そうそう、僕の頭についているのも鉄だよ。

カエデ すごい!じゃああれは?

ケヤキ あれが人間達の家だよ。僕たちの仲間で作られていて、中はとっても暖かいんだ。

カエデ へええ。




   やがてふとっちょの家にたどり着き、大勢いた人間達はどこかへ行ってしまいました。

   夜になり、人間達が寝静まった頃、カエデの脇に置かれた斧のケヤキが話しかけました。


ケヤキ みんな違うものになるのは怖いんだ。僕はもう何本もの木に出会って、たくさん話をしてきたけれど、みんな切り倒されるのは怖いって言うんだ。でも、人間達は良く世話をしてくれるから、この生活もいいもんだよって話してあげるんだ。そうすると、みんな安心してにっこり笑ってくれる。

カエデ ケヤキさんはやっぱりすごい。私もケヤキさんみたいに立派な斧になれるように頑張ろう。

ケヤキ カエデならきっと、優しくて暖かくて、綺麗な斧になれるよ。

カエデ ありがとう。




   次の日の朝、大きなクレーンがカエデの幹を持ち上げました。カエデはトラックの荷台に載せられ、ふとっちょの家から遠ざかって行きます。


カエデ あれ?どこに行くんだろう。


   カエデは不安になり、あたりを見回してみました。カエデが生えていた山からぐんぐん遠ざかり、灰色の建物があちこちに見えます。

   カエデを載せたトラックは小さな工場に入って行きました。カエデは、ああ、ここでようやく斧になれるんだと安心しました。

   ところが工場の中には、かんなやノミの姿はありますが、肝心の斧が見当たりません。カエデは、


カエデ ノミさん、かんなさん、私はこれから一体どうなるんでしょう?


   と訪ねました。


ノミ ここは、楽器工場だよ。

かんな 僕たちが君を美しい楽器にしてあげるからね。

カエデ そんな。私は斧になりに来たんです!

ノミ へんなことを言うなあ。楽器なんて、なりたくてもなれない物なのに。


   カエデは斧になることをよっぽど楽しみにしていたので、悔しくて仕方ありませんでした。


カエデ ケヤキさんとはもう会えないのかな。ちゃんとお別れもできなかった。




   カエデの身体はノミやかんなで削られ、少しずつ形を変えて行きます。

   細長い形に切り出され、中心をくりぬかれます。

   表面に様々なでこぼこが付けられ、綺麗にヤスリをかけられます。

   身体のあちこちに金属が取り付けられます。

   カエデは斧になりたかったので、とても不満そうです。

   工場の周りの木々が赤や黄色やだいだいに色づく頃、カエデはオーボエという木管楽器になりました。




   最後の仕上げが終わると、ふとっちょと一緒にカエデを見に来ていた女の子が、オーボエになったカエデを引き取りにきました。女の子はキラキラした目でカエデを見つめ、大事そうにカエデを抱えて家に帰りました。

   女の子はさっそくカエデを使って練習してみます。すると、ぴーぴーなるばかりで、ちっとも上手に演奏できません。カエデはますますふてくされてしまいました。

   女の子は毎日毎日、カエデを使って練習を続けました。けれどもまるっきり良い音が出ません。女の子は困った顔をしながらも、練習が終わった後はきちんとカエデを掃除して、丁寧にケースにしまうのでした。




   ある日、カサカサと落ち葉で音を立てながら、女の子はカエデを連れて出かけて行きました。重たい扉を開けると、


ピアノ 初めまして。よろしくお願いしますね。


   という優しそうなピアノと、


フルート 足を引っ張らないでくれよ。


   というちょっとつんけんしたフルートが待っていました。

   女の子は二人の仲間に挨拶をし、カエデを見せて何か話しています。

   さっそく三つの楽器を使って合奏してみると、音の高さも、大きさも、音色も全部ちぐはぐで、途中で曲が終わってしまいました。


フルート おいおい、君がちゃんとしてもらわなきゃ困るよ。リズムも音色もまったくなっちゃいない。

ピアノ まあまあ。どうしたんだい?君は演奏が楽しくないように見えるけれど。


   カエデはしばらく黙っていましたが、言葉少なに今までのことを語り出しました。


カエデ 私は立派な斧になりたかったんです。ずっと前から斧になろうと思っていたのに、こんな、楽器なんかになってしまって、もうどうしたらいいかわからないんです。

フルート (怒って)「なんか」とはあんまりだな。

ピアノ (笑って)そうかい。楽器は嫌いかな?

カエデ わかりません。でも、私がなりたかったのは

ピアノ (さえぎって)大丈夫。楽器も、なかなかいいもんだよ。

カエデ え?

ピアノ 僕も最初は随分戸惑ったよ。フルート君もそうだったろう?

フルート さあ?どうだったかな。

ピアノ (笑って)なあフルート君、一つ簡単な曲をやって、オーボエ君に聞かせてやろうじゃないか。


   フルートはしぶしぶ頷き、ピアノと一緒に演奏を始めました。

   二人の息はぴったりで、流れるように音が続いて行きます。ピアノの作った道の上を、フルートが軽やかに駆け抜けて行くようです。カエデはフルートとピアノの演奏に次第に引き込まれて行きました。


カエデ 私も、演奏してみたいです。


   カエデは、自分から言い出しました。


ピアノ もちろんいいとも。なあ?

フルート ええ、ちゃんと演奏出来るならね。


   カエデはフルートとピアノの演奏に合わせて身体を震わせてみます。

   すると、いままでとはまったく違う、柔らかく、暖かい響きがカエデから流れ出しました。

   カエデは自分でも驚きながら、フルートとかけっこを続けます。やがてピアノもかけっこに加わり、みんなで仲良くかけて行きました。

   曲が終わり、家に戻ると、女の子がいつものように丁寧に掃除をしてくれました。

   次の日も、また次の日も、カエデはフルートとピアノと一緒に演奏しました。最初は嫌だった楽器も、なかなかいいもんだな、とカエデは思うようになりました。





   木々の葉が落ち、冬が訪れました。


カエデ ケヤキさんは寒がっていないかな。


   カエデは家の中にいるので暖かいですが、斧になったケヤキはきっと外にいるはずです。

   ある夜、大雪が降りました。朝になると一面雪景色になり、カエデは女の子に連れられて、いつもの練習場所とは違う、小さなホールにやってきました。女の子はカエデを力強く握りしめています。その手からは緊張が伝わってきました。

   小さな部屋に入ると、フルートが待っていました。


フルート いよいよ今日は演奏会だな。緊張してへんな音を出すなよ。

カエデ 演奏会?

フルート なんだ、お前知らなかったのか。今までの練習は、今日の演奏会のためのものなんだ。

カエデ 演奏会って?

フルート 今まで練習してきた曲を、お客さんの前で演奏するんだよ。


   カエデは訳がわかりません。そうこうしているうちに、女の子と共に舞台に上がっていました。舞台の上にはピアノが待っています。


ピアノ やあ。今日はがんばろうね。


   目の前には、大勢の人間達が座って待っています。カエデは急に心細くなってしまいました。どうやら女の子も同じ気持ちのようです。

   演奏が始まるとぴーぴー、きいきい、まるで初めて演奏したときのようにカエデの身体は響かなくなってしまいました。


フルート おいおい、そんなんじゃまるでだめだよ。もっと身体を柔らかくして。

カエデ う、うん。

ピアノ 大丈夫だよ。落ち着いていつも通りに楽しく演奏しよう。


   カエデは頭ではわかっているのですが、たくさんの人間達が怖くて、なかなか思うように演奏出来ません。


フルート しかたないな。


   フルートは急におどけて、すっとんきょうな高い音を出しました。するとお客さんは大笑い。ピアノもそれに合わせてめちゃくちゃな音を出し始めます。

   演奏者たちは慌てていましたが、ふとピアノ奏者が吹き出してしまうと、女の子も、カエデもつられて笑ってしまいました。


ピアノ ほら、みんな楽しんで聞いてくれているんだよ。僕たちも楽しんで演奏すれば、ただそれだけでいいんだ。


   カエデの緊張はすっかり解け、いつもの練習と同じように、楽しく演奏を始めました。女の子もそれにつられて、いつも通り楽しげに演奏しだしました。

   最後の曲が終わり、お客さん達の拍手の中、カエデと女の子は舞台から降りました。初めての演奏会は大成功に終わったのです。





カエデ ねえ、また演奏会をやろうよ。


   それからカエデは、女の子と一緒にいくつもの演奏会をしました。


カエデ 今度はどんな曲ができるの?


   フルートやピアノの他にも、いろんな楽器と知り合うようになりました。


カエデ 初めまして。これからよろしくね。


   そうして何度も演奏を重ねるうちに、いつのまにか女の子は、お婆さんになっていました。

   お婆さんになった女の子は、演奏が終わると、いつも同じように、丁寧にカエデを掃除してくれます。


カエデ ねえ、また演奏しようよ。


   だんだんと演奏会の数が少なくなり、お婆さんはベッドに寝ていることが多くなりました。


カエデ ねえ。・・・お婆さんは、きっとこれからどこかにいくんだろう。どこにいくかはわからないけど、きっとそこもいいもんだよ。またどこかで会えるといいね。


   と、声をかけました。その声はお婆さんに届いているはずはないのですが、目を覚ましたお婆さんはカエデを手に取り、にっこりと笑いました。






   いつしかお婆さんはいなくなり、カエデは物置にしまわれたままになりました。


カエデ きっともう、演奏されることはないんだろうな。ケヤキさんは、まだ元気に頑張っているのかな。ケヤキさんの幹に巣を作った小鳥達は、どこへ行ったんだろう。私を切り倒したふとっちょは元気で暮らしているのかな。何度も一緒に楽しく演奏したフルートやピアノも、私と同じように物置にいるのかな。またおばあさんと一緒に演奏がしたいなあ。





   長い長い時間が過ぎたある日、カエデはふと物置から連れ出され、庭の焼却炉の前に積み上げられました。そこにはカエデと同じように使い古された家具や道具がいました。家具や道具達は、これからどうなるんだろうと怯えています。


カエデ これからどんなものになるかはわからないけど、何になってもきっといいもんだよ。きっとまた、どこかでみんなに会える。また会ったときはよろしくね。






   カエデは灰になり、大きな畑の片隅にまかれました。ずっと家の中で過ごして来たカエデは、久しぶりにお日様の光を浴びて嬉しそうです。

   ピチチチ、とどこからか小鳥の鳴く声が聞こえてきます。その音のする方へ目をやると、小さな若木に小鳥達がせっせと巣を作っていました。


カエデ ・・・ケヤキさん?

ケヤキ え?

カエデ 私です。カエデですよ。

ケヤキ カエデ?・・・本当にカエデなのかい?うわあ、懐かしいなあ。


   ケヤキは、カエデと同じようにこの畑にまかれた後、若木になっていたのです。


カエデ 私もケヤキさんみたいに立派な木になりたいな。

ケヤキ ありがとう。

カエデ でも、木じゃなくてもいいんだ。何になってもきっといいもんだよ。何になってもきっと立派になってみせるよ。


   カエデはやがて、太陽の光をいっぱいに浴びたトウモロコシになりました。

   ある夏の終わり。人間達がやってきて、カエデをかごの中に入れました。


ケヤキ またね。またどこかで会えるといいね。

カエデ はい。またどこかで会えるといいですね。


   カエデを載せたトラックは、畑と畑の間のあぜ道を通って、ゆっくりゆっくりケヤキから遠ざかって行きました。


   おしまい。



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   最後までお読みいただきありがとうございました。

   上演等をご希望の際は、左記までお気軽にご連絡ください。

   メール:chkwnw@gmail.com

   千頭和直輝

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