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人間の尊厳と自立【2021年第2問】

連載第1回目の今日は、今年の介護福祉士国家試験の第2問を解説していきます。介護福祉士国家試験にはいくつかの科目があって、最初の科目が「人間の尊厳と自立・介護の基本」です。介護の基本が「人間の尊厳と自立」を守ること。カッコイイよね?どんな問題が出ているのか、さっそく見ていこう!

今日の問題

自宅で生活しているAさん(87歳、男性、要介護3)は、7年前に脳梗塞(cerebral infarction)で左片麻痺{ひだりかたまひ}となり、訪問介護(ホームヘルプサービス)を利用していた。Aさんは食べることを楽しみにしていたが、最近、食事中にむせることが多くなり、誤嚥{ごえん}を繰り返していた。誤嚥{ごえん}による緊急搬送の後、医師は妻に、「今後も自宅で生活を続けるならば、胃ろうを勧める」と話した。妻は仕方がないと諦めていたが、別に暮らしている長男は胃ろうの造設について納得していなかった。長男が実家を訪れるたびに、Aさんの今後の生活をめぐって口論が繰り返されていた。妻は訪問介護員(ホームヘルパー)にどうしたらよいか相談した。
介護福祉職の職業倫理に基づく対応として、最も適切なものを1つ選びなさい。
1 「医療的なことについては発言できません」
2 「医師の判断なら、それに従うのが良いと思います」
3 「Aさん自身は、どのようにお考えなのでしょうか」
4 「息子さんの気持ちより、一緒に暮らす奥さんの気持ちが優先されますよ」
5 「息子さんと一緒に、医師の話を聞きに行ってみてください」

このまま下にスクロールすると読みにくいので、テキストをこちらの画面から開き、問題をみながら解説を読み進めてみよう!
https://docs.google.com/presentation/d/1iOBKoYjuspQRPHGTiovYJLMAfVpHXkXTZHzqF-pzLCw/edit#slide=id.p

問題の背景

まず脳梗塞で左片麻痺になったってどういうことなのか解説していこう。

脳梗塞というのは脳の血管に血液の塊が詰まってしまう病気です。詰まってしまった先には血液が行き届かなくなって脳の機能の一部が損なわれてしまうんです。この人の場合、身体の左半分を動かす命令が、脳から上手く送られなくなってしまった…っていうわけです。
身体の左半分が動かない状態で生活をするってかなり大変だよね。体が半分動かないと、どんなことができなくなるのだろう?今の生活でどんな楽しみが失われてしまうのだろう?まずはキミたち自身で考えてみて欲しい。(これは後日【補講】で触れるね)

次に食事中にむせることが多くなって誤嚥を繰り返していった。誤嚥というのは食べたものを食道から胃に送り込むのが上手くいかなくて、肺にご飯が入ってしまうこと。食べ物は肺にとっては異物だし雑菌もたくさんついている。87歳のおじいちゃんがこの状態を繰り返すと肺炎で苦しむ可能性も高いし、最悪それで亡くなってしまうことだって考えられる。
 “口の右半分だけ動かしてご飯が食べられるか”って考えてみると、若い君たちだって難しいよね。87歳のおじいちゃんならなおさらだ。しかも茶碗だって持てないかもしれないし、物を飲みこむ筋肉だって右半分しか動かない。うまく食べられないのは想像できると思うんだ。それでこのおじいちゃんは食べ物を肺に入れてしまい、緊急搬送されたってわけ。

そして、この人は医者から胃ろうを勧められたって書いてある。胃ろうっていうのは手術をして胃に穴をあけて、そこからチューブを入れて食事(というか栄養)を直接胃に突っ込むことだ。口から食べるのは先の理由で危ないから、お医者さんはこの胃ろうを勧めたってわけ。胃ろうをつくったら、もう絶対口から食べられない…ってわけじゃないんだけど、そうなってしまう人も少なくない。君や、君の家族がこの胃ろうを作るってことになったら、どんな気持ちがするのだろう?これもまずは自分自身で考えてみて欲しい。

問題のポイント

ここでこの問題のポイント。「胃ろうをつくる」「胃ろうをつくらない」どちらの選択肢が正解ってことは絶対にない。


「胃ろうをつくる」…そうしたらこのおじいちゃんは楽しみにしていた食事が摂れなくなるかもしれない(少なくともかなり制限はされてしまう)。自分のお父さんがそうなって欲しくないっていう長男の気持ちもよく分かるよね。

「胃ろうをつくらない」…そうしたら肺炎を発症して、最悪亡くなってしまうかもしれない。その危険性が高いので、家で過ごすは難しいかもしれない。このお医者さんが言っているのはそういう意味だ。介護施設に入って家族と離れて過ごすことを余儀なくされるかもしれない。それなら胃ろうを作るのは仕方ない。奥さんはそう感じているのかもしれないよね。

どちらの選択を取ったらこのおじいちゃんやその家族が、より納得をして生活を送れるんだろう?介護の仕事は、その選択を本人や家族が考える手助けをすることも多いんだ。

胃ろうを作って家で過ごすことを選ぶ。胃ろうは作らないで食べる楽しみを大切にすることを選ぶ。これ、君だったらスパッと選択できる?僕だったら絶対無理!ヘルパーさんが選ぶんじゃないよ。もちろん医者が選ぶわけでもない。でもヘルパーさんと話すことで、どちらかの選択肢を選ぶことができる。ほんの少しでも納得感を持って。
そんな選択のお手伝いができる仕事って、すごいと思わない?

問題の選択肢を精査してみよう

ここで介護福祉職(ホームヘルパー)のやるべきミッションは「胃ろうをつくる」「つくらない」の選択を、本人や家族が少しでも納得して出来るよう手助けをすることだ。
そう考えると見えてくるんじゃないかな?

2 「医師の判断なら、それに従うのが良いと思います」
…従う必要はないんだよ。決めるのは本人と家族だ。医者もそれが分かっているから「勧める」ことはしても「そうしましょう」とは絶対言わないんだ。
4 「息子さんの気持ちより、一緒に暮らす奥さんの気持ちが優先されますよ」
…息子さんの気持ちと奥さんの気持ち、どちらも尊重されないとダメだよね。一緒に住んでいないからと言っても、息子さんだってお父さんのことを想って胃ろうを反対しているんだから。
1 「医療的なことについては発言できません」
…これを言っちゃあ、オシマイだよね。こんな難しい選択、家族だけじゃ無理だよ。奥さんと息子さんがケンカしている状態だって、放っておいて良い訳ないよね。

ここまでは分かると思う。次に誰の気持ちが最優先されるべきかって考えてみよう。やっぱり本人じゃない?そう考えると…

5 「息子さんと一緒に、医師の話を聞きに行ってみてください」
…この選択肢の対応は先の3つの選択肢よりはだいぶマシだとは思う。でも一番大事な本人の想いって、この場合はどうなるんだろう。奥さんと息子さんが結託して本人の意にそぐわない選択を勧められたら、このおじいちゃんも辛くないかな?

ということで、正解は3

3 「Aさん自身は、どのようにお考えなのでしょうか」

まずは本人がどう思っているのか?こういう難しい問題を考える時に一番大切な視点だ。(もちろん判断に必要な知識を持っていることは前提だけれど)。例えば本人が「食べられなくなっても奥さんと一緒に過ごしたい」って思っているとする。それを知ったらこの息子さん、胃ろうをつくることに反対するかな?

今日のまとめとポイント

介護の仕事って、この問題にあるような「究極の選択」に出くわすことも少なくないんだ。そんな難しい選択を少しでも納得をしてできるよう、手助けをする。介護の大切な仕事の一つだ。その時に一番大事なのは本人がどうしたいのか、それを丁寧に聴いて尊重することなんだ…って、僕は思っている。

そんな手助けができる仕事ってとてもステキだよね。


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