遺伝子医療革命 ゲノム科学がわたしたちを変える NHK出版

講義で紹介された本。今更ながら読んでみた。遺伝情報に対して二つの問いが立つ。

まず一つ目は、遺伝情報を知ることは便益なのか、もしくは危害や脅威なのか?歴史の動く瞬間はいつも情報が普及するタイミングであると言われる。遺伝子情報は究極の生命の言語と呼ばれる。遺伝子情報を知ることは社会に対して便益をもたらしている事例は多い。例えば、乳がん関連遺伝子であるBRCA1, BRCA2、QT延長症候群ではHERG、嚢胞性線維症ではCFTRと言う単一の遺伝子変異で説明できる疾患がある。このような疾患は重篤な症状を呈するために知ることによる便益は非常に大きい。また、ユダヤ人におけるテイサツクス病は、知ることの便益に関わる興味深い事例である。ユダヤ人の間で30人に一人の割合で発症していた遺伝病であるテイサックス病は関連遺伝子が同定された後、ユダヤ人の間で保因者スクリーニングが行われた。そのおかげで結婚、出産の際に、テイサックス病のスクリーニングがなされ、ユダヤ人のテイサックス病の発症はほぼゼロになった。さらに驚くべきことに、テイサックス病患者は特に対策を打たなかったユダヤ人以外で占められるようになった。つまり、ユダヤ人は新しい事実を知ることによって、民族という大規模な単位でその疾患を克服したのだ。

このような遺伝子分析技術の開発が進めば、ガタカと言う映画に代表されるような着床前遺伝子診断が当たり前の世界になると言う予測を立てている。しかし、ガタカのような世界では、遺伝情報が差別につながると言う指摘もある。

果たして、遺伝子情報は便益なのか、もしくは差別や悲劇が便益を上回ってしまうのか。冒頭に述べたように、歴史上、新しい情報を持つものがその世界において、変化のうねりを創造してきた。全ゲノムが解読されてまだ15年程度。この先、新しいエビデンスが次々と創造され、新しい治療、予防、習慣の在り方を規定していくのだとしたら、知らずに生きていくと言う合理的な理由が見当たらないと思っている。

そして、問いの二つ目。我々はどんな遺伝情報を必要としているのか?遺伝情報への関心度合いを測定する目安として、筆者は非常にうまく式を用いて描いている。

知りたい度合い= リスク × 負担 × 介入

遺伝情報で予想される相対リスク、もしくは絶対リスク、その影響度や重大さ。そして治療や予防の効果を測定する事で、その遺伝情報の価値が決まると言う主張はかなり興味深く外的妥当性の高い理論である。
個人的には、そんな抽象化された論点が述べられている前半部分が非常に面白かった。この本が出版されて10年間経過しているとは思えない生々しさがあり、知ることによって生じた弊害もリアル。しかし、総じて見れば、遺伝子治療の明るく生き生きとした希望と未来が描かれている。

個人的に最も印象的であったのは、サンテグジュペリの言葉であった。
『あなたがやるべき仕事は、未来を予想することではなく実現させることである。』

遺伝子が予測する未来ではなく、そもそも未来は実現させるためにあるのだ。

遺伝子医療革命 ゲノム科学がわたしたちを変える NHK出版 https://www.amazon.co.jp/dp/4140814551/ref=cm_sw_r_tw_awdo_c_x_t9p8Db2W5HG79

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