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【ショートショート】#56 失った恋愛感情

 乗り越えた悲しみの数だけ、人は誰かに優しく出来ると昔聞いたことが有るのだけれど、そのためには優しさを私に求めてくる人が少なくとも必要なわけで、それは他人に対しての優しいは「親切」という言葉に切り替わる気がするから。やっぱり優しいは私にとって親しい人、好きな人にしたいと考えている。

「つまり私にとって大切な人は、裏を返せば私の悲しみの数を知ることになるのかもしれない。それは相手にとって良い事なのだろうか?」

 降りしきる雨の中、傘をさして道を歩いていると素敵な人が目の前に現れた。その人は私に常に優しくしてくれる。どうしてそんなに優しくしてくれるんだろう、もしかしたら私のことが好きなのかもしれない。きっとそうだ、でもどうしよう、私、そんなにこの人のこと好きじゃない。確かに素敵な人だけど、確かにしっかりしてる人だけど、私はそこまで踏み込めない。

「子供のように無邪気に水たまりに飛び込むことが出来ない」

 それは飛び込んだらその後どうなるか知っているから。子供はその後の事を考えない。水びたしになって、母親に叱られるまでがワンセットだとしても水たまりに飛び込むだろう。

 でも私には出来ない、私は既に大人だから。

 年を取るとズルくなる。振られたくないというズルが出てくる。そのズルが、ずるずると時間ばかり引き延ばして、1年、2年と時が流れる。一緒に遊びに行くことも、飲みに行くことも、映画を見ることも、そんなことに抵抗は一切ない。過ごす時間が増えて、次第に周りは誰かを見つけて、自分は焦っているつもりもないのに、周りからこういわれるんだ。

「あなた、○○さんと仲いいけど、この先どうするの?」

 それはこっちが聞きたい。どうしたいのか?が分からないから迷ってる。迷っているから、せめてその時が来た時に、一番優しくなれるように

「付き合っている振りをして、悲しみを予約している」

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