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Paint it Black

 

 自分の親父と年の近い男に出会った。
 
「今日は娘の成人式の日なんだ。日本で祝ってやれない俺はダメな父親だよな」ビール片手に男はそう呟いた。
 
2週間の休みを取れた男は短期留学をする決断をし、家族を日本において、単身海を渡って来たという。
 
同じような毎日。鬱屈した毎日。男は刺激を求めながら生きていた。
 

男には夢があったと言う。
 
学生時代、バンドブームを機にザ・ローリング・ストーンズというロックバンドを知った男は音楽の虜となり、バンド活動に打ち込んだ。
 
 いつか彼らのライブへ行き、生で曲を聞きたい。最高の演奏を観たい。そんな夢を持ち始めた。

それから数年後、その夢は叶うことになる。

しかし、席の問題なのか、音響や機材のせいなのか、音が良く聞こえなくて男は失望した。ライブ後の男の中では、ローリング・ストーンズのライブを観てないに等しく、夢はまだ叶っていないと心で思った。
 
だが、ローリング・ストーンズへの熱は冷めたわけではなく、それから何年経っても彼らへの愛は変わらなかった。
 
男にはいつしか家族ができ、働きづめの毎日。妻も子供も愛していて、腹を割って話せる友人もいる。暮らしには満足していたが、あまり幸福を感じられず、何かが欠けているような気がしてならなかった。そんな日々の中で、ローリング・ストーンズの曲を聴くことだけが男にとってささやかな幸せになっていた。
 
男はあの時をふと思い出した。学生時代、高まる鼓動を抑えながら観に行ったローリング・ストーンズのライブで、失望したあの日の事を。そしてはっきりと思い出した。心残りだった夢を。気づけば40代後半に差し掛かっていた男は、また彼らのライブを観に行くことを心に決めた。少し経ち、ローリング・ストーンズの来日公演が決まると男はすぐにチケットを取った。あの日は音が悪かった。何故だかわからないが音が悪かった。期待しすぎたせいだったのだろうか。

ライブ当日、男は最高なライブを観た。音も良く聞こえ、肉眼でしっかりとローリング・ストーンズの最高な演奏を観たのである。ずっと心残りだった夢が50歳手前で叶ったのだ。

しかし、それと同時に夢を失った男のその後の生活は虚無感に溢れてしまった。ローリング・ストーンズの最高なライブを観るという夢は、どこかで男の原動力だったのだ。

「俺はこれから何を胸に生きていこうか」

男は途方に暮れた。


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