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スパーリングはなぜヒートアップするか?:しっぺ返しはエスカレートする

「軽めでお願いします」
「おてやわらかにお願いします」
「ライトスパーでお願いします」

スパーリング(乱取り)で、これらの言葉を信じるひとは少ないかもしれません。実際、そう言われたので軽めにやろうかと思っていたら、相手にフルーパワーで攻められ慌てたことは誰にでもあるでしょう。

Shergillの実験:しっぺ返しはエスカレートする

実は、これ、相手が乱暴だからとか、パワー重視だからというだけではありません。だいたい誰でも、自分が受けたのと同じだけの力(ちから)を相手に返そうとすると、それよりも強い力を返してしまうのです。これがタイトルで書いたしっぺ返しはエスカレートするという意味です。

軽いつつき合いではじまったのに、だんだん押し合いになり、最後には殴り合いになってしまう。誰でも小さい頃に経験があると思います。これを力(ちから)の段階上昇(効果)と呼びます。しっぺ返しがエスカレートするわけですね。

しっぺ返しがエスカレートすることは、Shergillたちの簡単な実験からも示されています(Shergill et al., 2003)。彼らは参加者を2人1組にしてレバーのような器具を渡しました。そして、下の図のように、一方の人がレバーの片側から、もう一方がその反対から順番に押しました。「はい、俺、押した、次はお前の番」ってな感じです。大事なこととして、お互いに相手が押したのと全く同じ強さで押し返すことが求められましたのです。

スライド1

実験の結果、参加者たちは、同じ力で押し返そうとしても、相手よりもかなり強く押し返していたことがわかりました。下の図がそれを示しています。白い点が先に押した実験参加者(先手)の力の大きさ、黒い点が後に押した参加者(後手)を示します。横軸の試行数(順番)が進むほど、徐々に力の大きさ(N)*が増しているのがわかります。

スライド1

https://science.sciencemag.org/content/301/5630/187/F1.large.jpg
をもとに作成。

平均すると相手よりも1.38倍の力を相手に押し返しています。これが続くとかなりのものになりますね。4回のやりとりで5.5倍以上です(1 kgが5.5 kg以上)。

なぜ力はエスカレートするのか?

同じだけの力で押しているつもりなのになぜ少しずつ強く押し返してしまうのでしょうか?これは予測をするからです。私たちは何かに反応するとき、予測をして、それにふさわしい反応ができるよう身体に伝えます。この予測は、実際に身体が受け取る信号を弱める働きを持ちます。例えば、自分で足の裏を触ってもくすぐったくはありません。これは、予測の効果が非常に強く、自分で「くすぐりの信号」を弱めることができるためです。また、予測なしに急に押された時と、予測して身構えていた時ではだいぶ感じ方が違うはずです。これも予測によって実際に身体が受け取る信号を弱めためにそう感じるのです。予測によって力が弱まって感じられ、結果として受けた力よりも強く押し返す、それを繰り返すことで力の応酬がエスカレートしてしまうのです。

スパーリングでヒートアップしないために

私たちは、予測の効果によって、実際に受けた力より、弱い力しか感じません。そのため、同じ力で返そうとすると必然的に相手より強い力を加えてしまいます。この力の応酬のエスカレートを抑えるためには、相手から受けたよりも弱い力で返す必要があります。あるいは、相手に合わせず、自分なりの力加減で臨めば力の競い合いにならないでしょう。

「力が強いですね!」と言われるひとは、もしかすると相手に合わせているつもりが、それよりもずっと強い力を相手に与えているかもしれません。私も年齢のわりには力が強い方なので気をつけたいと思います。

力でしのぎを削るより、テクニック重視でやるほうがスパーリングを楽しめます。テクニックの応酬で、キレイに技がかかったときはもちろん、うまくやられてもなぜかうれしくなってしまう。そして、お互いに笑顔になる。そういうときがスパーで一番楽しい。私はそう思います。

引用文献

・Shergill, S. S., Bays, P. M., Frith, C. D., & Wolpert, D. M. (2003). Two eyes for an eye: the neuroscience of force escalation. Science, 301(5630), 187-187. 

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*Nはニュートン。1 kgの質量を持つ物体に1 m/s^2 の加速度を生じさせる力。おおざっぱに1 kgと考えてもよいです。

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