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力み(りきみ)すぎ問題:どうやって程よい力加減を学ぶのか?

スポーツや楽器の演奏などの身体を使った活動では、慣れないと必要以上に力が入ってしまいます。ですから、初心者の方に対して「力みすぎ」、「リラックして」、「力を抜いて」など力の適切な使い方について頻繁にアドバイスがなされます。

力の加減は難しい

ブラジリアン柔術でも力の加減は初心者にとって難問です。他人と組み合って、上に乗ったり、乗られたりという経験は普通の生活ではありません。ましてや、技をかけて相手を痛めつけることもないはずです。そもそも、他人の体に触れるのすら社会的なルールに反する行為です。ですから、初心者の方が柔術の練習でどのくらい力を入れて良いのかわからないのも当然です。力を入れすぎたり、逆に入れなかったりするのが当たり前。何しろ経験がないのですから。

社会的調整

慣れない場面でどのように振る舞うかは誰にとっても難しい問題です。例えば、食べたことのない外国料理を出されたら、戸惑ってしまうでしょう。多くの人は周りの様子を見ながら、真似をして振る舞うはずです。知り合いが周りにいたら、食べ方を尋ねるかもしれません。周りの人がこっそり教えてくれるかもしれません。そうやって、周りの人の様子を見たり、教えてもらったりしながら慣れない状況に合わせていきます。これを社会的調整と呼びます。

Burkeは、ブラジリアン柔術での力の入れ具合も基本的にはこのような社会的調整によって身に付くと考えています(Burke, 2022)。彼女は、社会的調整のフィールドワークのため、自らブラジリアン柔術の道場に入門し、力の入れ方についてどのように身につけていくかを調べました。

彼女の論文では、力の入れすぎも入れなさすぎも、どちらも規範に反していることが示されました。興味深い点は、どのようにしてそれを学んでいくかです。彼女は女性コーチとのスパーリングの後に以下のようなメモを取りました。このメモが、力加減の調整を学んでいく過程を知る上で大変参考になります。

ジェン(コーチの名前)は、トップポジションを取り、私に強いプレッシャーを掛けてきた。私はそれに少しイラッとして、プレッシャーに合わせて力強く押し返した。私がジェンの腕を掴むと、彼女は顔をしかめた。スパーリングを止めることはなかったが、ジェンの反応からすると彼女はイラだったようだ。それを感じ、私も少しビクッとして「大丈夫?」と彼女に尋ねた。ジェンは「うん、大丈夫」と答え、スパーリングを続けた。私は、「粗暴」や「考えなし」と彼女から思われたくなかった。なので、力を抜いた。そういう調節をしないと、経験不足なだけでなく、「ダメなやつ」だと思われるかもしれない。それが心配だった(Burke, 2022, p. 12)。

相手の反応を感じながら、力の加減を調整していく様子がよくわかります。初心者の頃は、誰でもこのメモを書いたBurkeのように、力を入れすぎて相手をイラつかせたことがあるでしょう。相手の反応を見て、場合によっては明示的な指導を受け、力加減は適切なレベルに調整されていくのです。多くの人は、この著者にように「ダメなやつ」とは思われたくありませんから

規範を学べないと

とはいえ、適切な加減をなかなか身につけられない人もいます。負けん気が過度に強い人、緊張が過度に高い人、力加減について別の規範が身についている人(別競技の経験者)などが典型です。過度に力を入れすぎると、自分も怪我をしやすい。その怪我のせいで続けられなくなることがしばしばあります。また、力を入れすぎるのは、練習相手にとっても危険ですし、不快です。痛いですからね。なので、力を入れすぎる人は練習相手から避けられがちです。結果として、体が大きい人、力の強い人、上級者しか練習相手になってくれなくなります。そこで調整を学ぶ人もいるのですが、キツくてやめてしまうことも多いように思います。

調整のための練習

社会的調整をうまく機能させるには、安全性を確保し、力の調整に集中しやすい状況を作る必要があります。多くの道場で、初心者のスパーリングをクローズドガードから始めるのは、そのためだと考えられます。クローズドガードの状態なら、互いにそれほど大きく動くことができないので、ある程度安全性が確保されます。立っている時より力も出ません。相手との距離が近いので、闇雲に暴れることも難しい。そのためテクニックを使った攻防の中で、力をどのように入れていくかを学ぶことができます。

さらに、初心者同士の場合には、体格や体力を考慮する必要があるでしょう。身体が大きい人、小さい人の相手は経験者が務めると良いかもしれません。また、力の入れ具合を指示するのも有効です。出稽古でお邪魔したBTT Montrealの初心者クラスでは、「50%の力で」、「あと1分だから80%の力で」などと力の入れ具合を具体的に数値で指示していました。本当に50%になるかは、あまり重要ではありません。このような指示をすることで力の入れ過ぎを防ぎ、動ける範囲で力を入れることを学ぶことができます。また、力の入れすぎによるスタミナ切れも防げますね。

安全の面からも、競技として上達するためにも必要以上に力を使う必要はありません。だからこそ適度な調整を学べる環境づくりが大切です。なお、今回は話が長くなるので、書かなかったのですが、力を入れなさすぎるのも、競技としてはあまり良くありません。格闘技なんで力は当然必要ですし、パワーも実力の重要な要素です。相手や状況に合わせて、力加減をうまく調節をできることが大切。それができるようになる頃には、スパーリングが楽しくて楽しくて仕方なくなっているはずです。

引用文献

・Burke, B. E. (2022). “Being Mean” and “Spazzing Out:” Social Calibration and Gender in Brazilian Jiu Jitsu Training. Symbolic Interaction. https://doi.org/10.1002/symb.584

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