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実力差のある相手とのスパーリング:三様の稽古

ブラジリアン柔術のスパーリングは競技の魅力のひとつです。異なる競技レベルにもかかわらず、組んでスパーリングをできるのは楽しいですし、それはさまざまな人とつながり、親しくなる機会でもあります。

スグデンのインタビュー

スグデンは自ら柔術の道場に通い、ブラジリアン柔術と健康をテーマにエスノグラフィー研究を行いました(Sugden, 2021)。その中のインタビューで、紫帯のゲイリーがスパーリングについて以下のように答えました。

「マットの上の時間は貴重だ。合計で1時間もあんなふうに無我夢中で過ごす場所は他にはない。その1時間で何回も絞めたり絞められたり、関節を取ったり取られたりする。その後、練習相手とお互いにあの技が良かった、あそこの動きが悪かったなんて言い合う。これが絆を深めるんだ。技術的にも精神的に成長する。仲も良くなるよ。(ゲイリー、柔術紫帯、Sugden, 2021)」

柔術をやっている方なら、みなさんこの内容に大きくうなずくのではないでしょうか?

上手い人も、そうでない人も一緒に練習

柔術、柔道、グラップリングなど組技格闘技の特徴として、実力差がある相手ともスパーリング、つまり、実戦練習をすることがあります。世界の第一線で活躍する選手ですら、初心者レベルのひととスパーリングをすることがあります(もちろん一流選手はレベルの高い練習も別に行いますが)。

実力が大きく違う人たちが一緒に練習するのは、練習の効率やパフォーマンスの面からは弊害があることが多く、他の競技ではあまり取り入れられません。わかりやすい例が競泳です。初心者と上級者が同じレーンで泳いでいたら、スピードが違いすぎるので渋滞が起きてしまいます。サッカーやバスケットボールなどのチームスポーツも同様で、競技レベルに差があるとチームプレーが成立しません(レクリエーションとしては可能ですが)。

三様の稽古

さまざまな実力の人が一緒に実践練習をするのは、三様の稽古と呼ばれる練習への考え方が浸透していることが背景にあります。三様の稽古とは柔道の指導書や教則に必ずといって良いくらい出てくるもので、乱取り、つまり、スパーリングの心構えの基本です。文部科学省がまとめた学校体育実技指導資料第2集「柔道指導の手引(三訂版)」にも、三様の稽古、つまり、相手の実力に合わせ、大きく分けて3つの稽古があると書いてあります。それらは、

ぶつかり稽古(実力が上の相手) 臆することなくどんどん技を試し、挑戦する気持ちで挑む。そこで失敗することで技の問題点がわかる。実際は防御中心になるが、そこで技をかけられることも練習になる。

互角稽古(実力が互角の相手)お互いに自分の力を出し合い、拮抗した攻防の中で試合に近い練習をする。勝負勘も含めて身につけることを目指す。

引き立て稽古(実力が下の相手)相手の動きに合わせ、相手を引き立てながら行う。自分自身は、理にかなった技をきれいに掛けることを心がける。力に頼らない合理的な技のかけ方の研究ができる。

です。こういう心構えあると、実力差がある相手と実りある練習ができるようになります。明文化されているかどうかはともかく、ブラジリアン柔術の道場ではこういう心構えでスパーリングをすることが一般的ではないでしょうか。柔道もですね。だからこそ、実力差を超えて、さまざまな競技レベルの人たちが一緒に練習できるのでしょう。結果として、仲間同士の絆も深まってきます。

こういう環境で練習をするからこそ、冒頭で紹介した紫帯のゲイリーの言葉にみんなが頷けるのだと思います。

引用文献

・文部科学省 (2013). 学校体育実技指導資料第2集「柔道指導の手引(三訂版)」https://www.mext.go.jp/a_menu/sports/jyujitsu/1334217.htm
・Sugden, J. T. (2021). Jiu-jitsu and society: Male mental health on the mats. Sociology of Sport Journal, 1(aop), 1-13.

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