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唐揚げにレモンかけていいですか?

2017年にTBS系列で放送されたテレビドラマ「カルテット」を先日たまたまNetflixの配信で第1話だけ観た。ヴァイオリンやチェロなどのアマチュア弦楽器奏者の30代の男女4人が東京のカラオケボックスで偶然出会ったことをきっかけに弦楽四重奏のカルテットを結成し、彼ら4人全員がメンバーの別府君の家族が所有する軽井沢の別荘で共同生活を送る、その人間模様を描いた話である。

とりわけ、登場人物の4人で交わされる会話が軽妙かつ意味深長で、その第1話ではそもそも結婚って何なんだろうねという問いを僕らに突きつける。

唐揚げにレモンかけていい?

劇中、他の3人と夕食をともにする場面で松たか子さん演じる真紀が回想する。

彼女は既婚者で結婚して3年になるのだが、2年ほど過ぎたある日、偶然訪れた居酒屋で夫とその彼の会社の後輩が同じ店にいることに気づく。夫に声をかけようか迷っているうちに、図らずも彼ら2人の会話を耳にすることになる。

テーブルの上の唐揚げに、その後輩は夫に「レモンかけますか?」と尋ねる。夫は、かけなくていい、と答える。唐揚げにレモンをかけるのは好きではないのだ。

会話を聞いて、真紀は絶句する。結婚して2年間、彼女は彼のために作った唐揚げにいつもレモンをかけていたから。

「夫婦じゃなかったの、私たち」と真紀は神妙な顔で他の3人に向かって言う。

「それは夫さんの優しさだ/気遣いだ」という仲間からの慰めの声があるなかで、彼女は同じ居酒屋の席での"もう一つ"を話し始める。

愛してるけど好きじゃない

「奥さんのこと、愛してますか?」

会社の後輩は真紀の夫にそう質問する。彼は「愛してるよ」と返事をするのだが、続けて「愛してるけど好きじゃない」と答える。

愛してるけど好きじゃない。

ちょうど6年前、私がこのドラマをリアルタイムで観ていた当時(→じつは当時リアルタイムで全10話を観ていた。だからこの第1話を観るのは今回で2度目になる)私は独身で結婚していなかったためか、このセリフの衝撃と奥深さに気づいてなかった。今回見直して初めてハッとした。

これまでは愛してる(love)と好きだ(like)の関係を「愛してる>好きだ」と漠然と認識していた。けれどもこのセリフはその理屈を超越して「結婚とは何ぞや?」という問いを私たちに提示する。愛している以上に好きではない、と言っているのだから。

結婚したいまならわかる気がするのだけれど、このセリフの本質は、"わたし"はあなただから愛してるのではなく、"わたし"の妻であるあなたを愛してるのである。それは良くも悪くも自分の家族だからだ。たぶん。

このセリフ以降、私は結婚の意義というか本質というかを考えるとき、「なぜあなたは奥さんと結婚したいと思ったのですか?」と今後誰かに聞かれたら「結婚したいとただ思ったからです」と回答してオーケーなんじゃないかなと思えるようになった。

「お相手のどこが好きですか?」は答えられる。けれども「どうしてお相手と結婚しようと決めたんですか?」は答えなくていい。もしくは「さあ、どうしてなんでしょう?」と。

質問している人が期待している回答でないのはわかる。彼ら/彼女たちはこちらのパートナーとの微笑ましいエピソードなり相手の性格なり人間性なりの、はっきりとした結婚を決断した理由を知りたいのだから。

けれど、しかしとてもポジティブな意味合いで、自分が結婚したいと思った相手にたいして結婚したい明確な理由なんていらない。自分の目の前にいる人と覚悟を決めて家族としてやって行こうと結婚を決断したのなら、それで十分だと私は思う。

ひとつ屋根の下、お互いの価値観や生活のリズムや癖や体調の変化や感情の浮き沈みなどすべてをいったん受け入れて、共同生活を始めるのだ。それが、結婚であると思う。

だから唐揚げにレモンをかけるときに前もって言ってほしい、なんてぜいたくも言わない。私はかけない人だけど、ね。

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