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【Creator’s vol.3】素材を手がかりに、物語を組み立てる“総合”設計事務所|栗生明+北川・上田総合計画

建築家の栗生明氏の遺伝子を受け継ぐ栗生明+北川・上田総合計画は、依頼主と一緒に作り上げる“物語”を感じてもらえるような建築を目指しています。

本稿では代表取締役・北川典義さんと取締役・上田 一樹さんを招いて、同社が大切にする「総合計画事務所としての意義」や「素材への意識」について伺いました。

建物に対して「新築」という言葉はふさわしいのか

── 本日はよろしくお願いいたします。最初にお二人の自己紹介からお願いします。

北川:私は前身の㈱栗生総合計画事務所に大学院を卒業してから勤め、まもなく20年になります。昨年から北川・上田総合計画㈱として、事務所の体制を変更し、これまで代表であった栗生明は顧問、私が代表取締役になりました。

上田:上田一樹と申します。私も栗生事務所に新卒として入社して今に至ります。千葉大学の栗生明研究室で学んでいました。修士課程1年の時に栗生が定年で退官したので“最後の教え子”になります。

── 北川・上田総合計画は建築家の栗生明先生の遺伝子を受け継ぐ事務所ということですね。

北川:そうですね、栗生をはじめ、OBの方々が積み重ねられてきた仕事の上に今の事務所があります。栗生は今でも事務所には元気にほぼ毎日出社しています。代表という任を降りて、より精力的に、より自由に幅広く活動しています(笑)。

── 栗生明先生からは、どのようなものを受け継いでいると考えていますか?

北川:栗生事務所は環境や景観という視点に重きを置いています。その中で、栗生は建物に対して「新築」という言葉は本当にふさわしいのかと問い続けてきました。その場所の環境や景観は、建物ができる前からありますので、本来「新築」と呼ばれているものは、その土地に対しての「改築」であり、「増築」なのではないかと。このような考え方を元に、お施主さんとの対話を大切にしながら、その土地ごとの素材や歴史、風景にヒントを得て建築に落とし込んでいます。これまで私たちが携わった建築をひとつひとつ比べていくと、脈絡のないデザインに見えるかもしれませんが、そのような考えは一貫しています。

上田:竣工後に「前から建っていたみたいだね」と言っていただけることがあります。環境や景観に対する「改築」「増築」という考えがある中で、まるで以前からその場所に建てられていたと感じてもらえることや、これからもずっと存在し続けるであろう姿を意識して設計しています。

── ランドスケープを意識しての設計になるということでしょうか?

北川:そうですね。そもそも私がこの事務所に入ったきっかけもランドスケープデザインを前提とした建築に魅力を感じたからです。私が入社した当時は、そのような考えの建築家は、あまりいませんでした。栗生は「コラボレーション」を重視し、ランドスケープデザイナーだけではなく、照明、サイン・グラフィック、家具や什器など、様々な専門家の方々と関係を築き、互いの領域を横断しながら仕事を進めていくことを大切にしています。

設計に特別なスタイルはない 必要なのは物語を組み立てること

── 他に大切にしていることはありますか?

北川:私たちは素材をとても大切にしています。伊勢神宮の「式年遷宮記念せんぐう館」(2012)では、床材に参道の砂利を練り込みました。その土地の記憶に紐づいた素材を取り入れることで、訪れた方にも何か物語を感じてもらえるはずです。

(提供:栗生明+北川・上田総合計画)

上田:奈良の「聖林寺観音堂」(2022)は、国宝・十一面観音菩薩立像を安置する観音堂の改修・増築計画で、地場の吉野杉を内外装に使っています。外壁はコンクリート打放しですが、型枠に吉野杉を用いました。地元の製材業者さんに吉野の山をご案内いただき、特殊な生育方法によって生まれるきめ細やかな木目を、御像の衣のひだのように波打つ外壁に転写することを着想しました。一般的な杉板型枠の打放しコンクリートと比べて繊細な表情に仕上がりました。

「聖林寺観音堂」内観:床・壁ともに吉野杉材(撮影:松村芳治)
「聖林寺観音堂」外壁:繊細なコンクリート打放しによる「結界」の表現(撮影:新建築社)

── 具体的に“物語”からデザインに落とし込む作業はどうやって進めるのですか?

上田:現場で思いつくことが多いですね。例えば、そこに積み上げられている廃材であっても、場所の記憶を宿しているのではないかと考えてみます。岩手の牧場「Ark館ヶ森」では、創業当初から使われてきた豚舎の解体に伴う廃材を、牧場内の案内サインに転用しました。現場を歩きながら「これは大切なものではないですか?」とお施主さんに投げかけてみることから対話が始まります。

── 一般の方が訪れた際に、この物語を伝えたいという感覚はありますか?

北川:直接、言葉で伝えない方がよいと考えていますし、あえて私たちから説明をしなくてもよいと思っています。訪れていただいた方の直感で「何かいいな」と思っていただければ、それで十分です。

素材を選択した理由を説明できなければいけない

── 様々な形の依頼が来ると思います。依頼を受けた際に、どんなことを大切にして、依頼主とコミュニケーションをとっていますか?

北川:事務所が新体制になっても、社名には“総合計画”という言葉が入っていますが、これは栗生がとても大切にしてきた考え方です。“総合計画”を名乗ることで、建築設計という領域を超えて、仕事の幅を広げていくことを目指しています。

上田:そもそも前述の牧場の計画も、最初は直売所の改修だけのご相談でした。ただ、たとえ一部の改修であったとしても、牧場全体の将来構想やあるべき姿を広く捉えた上で位置づけないと、設計がスタートできないと考えました。そこで直売所の改修計画を進める前に、まず牧場全体のグランドマスタープラン策定に取り組み、お施主さんや様々な専門家と議論を交わしながら中長期的なリニューアルの計画をまとめました。このように、最初に依頼された内容を考える上で、より根源的・潜在的な課題を発見・共有し、提案させていただくこともあります。

新たな取り組みとして、竣工後も施設の運営者として関わり続けることに挑戦しています。ある公共施設のリニューアル計画に総合的に携わるだけでなく、運営に強みを持つ協力企業との共同企業体という形で、今後10年間にわたって自治体から指定管理業務を請け負います。これから当初の企画・設計に対するフィードバックを得ながら運営のノウハウも蓄積し、仕事の質のさらなる向上や業務拡大を図りたいと考えています。

北川:様々な建築に携わりましたが、竣工から年月が経つと運営の担当者が変わったり、利用者のニーズの変化に晒されたりと、当初の企画・設計のコンセプトが継承されづらい状況で施設が改変されていくケースを多く見てきました。はじめの構想やコンセプトを共有できている者が継続して運営に関わり続けることができれば、時間の経過の中で施設がより良い方向へ導かれる力になれると信じています。つくったら終わりとは考えません。

──建物が完成したら終わりではなく、建物がどのように使われ続けるかを考えて設計することは、サステナビリティであると感じました。

北川:そのためには施主、運営の方々とコンセプトや物語を共有し、一緒に練り上げていくことが大切です。

上田:入社したばかりの頃に上司から、「100年使える建物と5年でダメになる建物があり、その違いはディテールで決まることが多い。5年でダメになるものを作ってはいけない」教えられました。長持ちする納まりなのか、無理なくメンテナンスできるのか、そのような意識を向けることは、私たちの設計事務所としての土台だと思っています。

北川:将来を見越した設計はもちろんですが、設計者自らが竣工後も維持管理や定期的なリニューアルに関わり続けられれば、機能的な耐用年数も伸びるはずです。今回のように運営に加わることは、現場から気軽に相談してもらえる関係を契約上も保てることになります。

──素材選びについて、先ほど伊勢神宮の「式年遷宮記念せんぐう館」や「聖林寺観音堂」の例を教えていただきました。サステナビリティという観点からも、素材選びはとても大切だと思います。他にも日々、どんな方法で素材を選んでいるのか教えて下さい。

上田:普段から営業に来られるメーカーの担当者とはしっかりとコミュニケーションを取ることを意識しています。飛び込みの営業の方とも、せっかく来ていただいたからと思って、できるだけお話しするようにしています。トレンドを把握することができますし、関係が深まれば、「こういう素材が発売されるのですが、我々もどう使っていいのかわからなくて」と相談を受けることもあります。対話によってアイデアが生まれます。

北川:実際に素材を使う際は、なぜ選択したのかを明確に説明できればいけません。また、コスト面で見合わない場合などは、コンセプトや物語から考えて、何に重きを置くべきかをお施主さんと共有し、素材を再検討することになります。これらは日々、メーカーさんとコミュニケーションをとって、素材への理解を深めていなければ対応できません。

本来、素材が持っているものを大切に

──素材選びで難しさを感じることはありますか?

上田:全く使ったことがない素材だと、そもそもどんなメーカーがあるのか、どこが大手で、他社はどんな対抗する製品を持っているのか、わからないことばかりです。それを限られた時間の中で把握することは難しいです。

北川:カタログで見ていた印象と、実際の素材の印象は全然違うことがあるので、必ず実物に触れてみたいですね。

上田:上司が届いたサンプルに突然水をかけたのでびっくりしたことがあります(笑)。濡れた状態でどんな表情になるのか、そもそも水がかかる可能性がある場所に使えるのか確かめたかったようです。サンプルを事務所のバルコニーで雨風に晒して変化を観察したり、わざと引っかいて傷のつき方を見てみたり、実物に触れて、素材をいじめてみることも必要です。

──素材メーカーとの付き合い方で課題はありますか?

北川:実際に素材がどう使われたかをメーカーに知っていただくことで、新しい素材が開発されるチャンスになると思います。ただ、実際にはこちらもフォローしきれていないのが課題です。竣工したらメーカーで素材を開発された方にぜひ訪れていただき、「この場所をサンプルとして使って下さい」と伝えられるようなフィードバックができるといいですね。

──Material Bank® Japanを使っていただいているということで、感想などありましたら教えて下さい。

上田:発注の翌日には届き、本当に早いと感じました。返送ができるのは画期的ですね。実際に付き合いのなかったメーカーさんから連絡をいただいて、新しい関係もできました。あえて言うなら、リコメンド機能があると、さらに使いやすいと思いました。

北川:大手メーカーの製品であればある程度は把握しています。しかし、小さくてもキラッと光る素材を作っている会社も多いですし、そんなメーカーとの出会いはワクワクしますよね。

──最後に記事をご覧になっている皆様に一言、いただけますか?

北川:強い思いは持っているけど考えのまとまらない方、設計のご依頼に至る前の段階でどうすればいいか悩まれている方のご相談に乗ることができると思います。プロジェクトをご覧になって興味を持っていただけたら、ぜひお声がけください。

※ 本記事は、Material Bank® Japanのコーポレートページにも掲載しております。

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