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「リゾート」を心から楽しめますか。

Facebookのマーク・ザッカーバーグCEOがハワイ・カウアイ島に別荘を構えようとしていることについて、地元住民から反発の声が上がっている。

私は詳しい状況を把握していないので、この件についてどちらかを支持しているわけではない。ただ、このできごとから、自分が以前からリゾートに抱いていた「モヤモヤとした気持ち」が再び甦ってきてきて、その思いを文字にせずにはいられなくなった。

私たちは多忙な日常の喧騒を忘れるために、ひとときの「楽園」を夢見てリゾート地に赴く。リゾート地は完璧に「つくられた世界」を用意してくれて、現地のスタッフは行き届いたサービスを提供してくれる。オーシャンビューのホテル、波の音と鳥の声で目が覚める朝、現地の食材を駆使したレストラン、有名ブランドが終結したショッピングモール、いたれりつくせりのオプショナルツアー、エンターテイメント、そして広大なゴルフコースetc 
リゾートでの日々はあっという間に過ぎていく。

ただ、そんな日々のちょっとしたタイミングで、自分はリゾートというある種の「虚構」の上を浮かれ気分で漂っているにすぎず、その裏にある現地の生活の中の「闇」が垣間見えてしまう瞬間を、必ず味わってしまうのである。

その一番多いパターンは、現地のガイドさんとの会話である。

2年前の夏、私は夏休みを利用してハワイ島に来ていた。現地でオプショナルツアーに申し込んで、とある日本人女性のガイドさんにクルマで各地を案内してもらっていた。はじめは窓から見える風景を丁寧に解説してもらっているが、しばらく時間がたつと、必然的に現地の生活の話になる。

どこまでも真っ直ぐ続いていくようなハワイ島の大きな道の脇に、何か所か、花束が置いてあるのを見つける。多くは、現地の若者が事故死した跡だという。

「彼らには、これしか”おもちゃ”がないんですよ」

とガイドさんは言う。
ティーンエイジャーになって、刺激のあるエンターテイメントを求めても、彼らの願望を満たしてくれる機能はこの島には存在しない。酒を飲んで、クルマで夜の道を飛ばす。さながらハワイ島版「15の夜」であろうか。そして飲酒運転の結果、手元を狂わせて道の外にごつごつと広がっている溶岩石に突っ込んでしまって…彼らの短い人生が終わる。

ガイドさんが運転するクルマが住宅街に入る。現地育ちのご主人とのハワイ島での日常生活をコミカルに話してくれていた彼女が、ふと漏らす。

「ハワイには、ゴミ処理場がないんですよ」

そのため、ハワイで出たゴミはアメリカ本土で引き取ってもらうことになる。しかし、その見返りで本土から送られてくるのは、大量のホームレスなのだという。そして、それがハワイでの治安の悪化につながっている。彼女は、「インスタ映え」で話題のオアフ島のある一角を挙げ、そこには絶対に行かない方がいい、と警告した。

コナのショッピング街を後にしてホテルに戻る途中、彼女が右前方の、まだ何もない草原を、手でしめした。なんでも、ここに誰もが知っている超巨大チェーンのホテルが建設予定なのだという。そして、そこは彼女のご主人が生まれ育った場所の近くだという。

「彼は、泣いていました」

巨大リゾートホテルができる経済効果と引き換えに、現地の人にとっての、暮らしの原風景が失われていく。

ハワイ自体は、大好きである。
5年前の年末年始は、オアフ島で過ごした。ただその時も、ワイキキのメインストリートを一本奥に入った道端で、落ちていたすっかり短くなったタバコを拾って懸命に吸おうとしていた現地の若者、某メジャーリーガーが購入したというマンションを指さして「私たちには何の得もないんですけどね」とつぶやいたガイドさん、など、やはりさまざまな瞬間があった。

新婚旅行はバリ島へ行った。
中心部からクルマで1時間以上かけて、山奥にあるリゾートホテルに向かう途中、通過したスラム街。忙しそうに働いている女性と対照的に、日がな一日時間つぶしをしているかのような、上半身裸の男たちー

もちろん、95%は旅を満喫している。しかし残りの5%に常にざらっとした感覚を残して、忙しい生活が待っている日本への帰国の途につくのである。

自分は、その場所を本当に「体験した」と言えるのだろうか。
用意されている完璧な「リゾートの世界」は、資本側の世界観と欲望をそのまま持ち込んだものに過ぎないのではないだろうか。そしてその世界を成り立たせるために、現地の人たちは唇をかみしめているのではないだろうか。

もちろん、その経済効果や雇用の創出によって助けられている部分はあるだろうし、観光自体は産業として否定されるものではない。しかし、自然に手を入れて、その上に虚構の世界を創りあげてオカネを回し続けていくこの仕組みは、この先もずっと続いていくものなのだろうか、と思わずにはいられない。

私は、北欧の人たちの夏の過ごし方が好きだ。
森の中のコテージ。キノコやラズベリーを摘んで、サウナの後に裸で湖に飛び込む―
自然の中に身を浸して、身体のリズムや感覚を、本来の人間のあり方に戻す。現地の文化の中から、その社会の世界の捉え方や神の存在を見出す。
それは、その国の、その場所の人としてひとときを生きてみる、という体験である。そういった経験の中で、本当の意味で魂の洗濯ができるのではないかと思う。そのとき、現地の人たちは、本来のそのコミュニティでのライフスタイルを堅持することこそが、その土地の魅力となって、世界中の人々を惹きつける求心力となる。

ニューノーマルの世界で、あなたは、どんな旅をしたいですか。












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