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スペードのAをさがして #4『桐生先生は恋愛がわからない。』紹介

はじめに

アセクシュアルやノンセクシュアルの描写が登場する作品を紹介するシリーズ【スペードのAをさがして】、第四弾は「恋愛がわからない」ラブコメ漫画家が登場する漫画を紹介したいと思う。

ここ数年でアセクシュアルやノンセクシュアルを取り上げる作品が急速に増えたように感じられる。しかし、Twitter等で話題になる作品の一部は、アセクシュアルについて触れているものの、描写が不十分だったり、誤解を招く表現があったりすることも少なくない。かゆいところに手が届くような、そんな作品はないものか……。

今回紹介する作品は、アセクシュアルの描写の仕方、ストーリーの展開・結末、どの要素を取っても秀逸で、数ある作品の中でも、最も多くの人に読んでほしい一作だ。

※アセクシュアル・・・他者に対して性的欲求を抱かない傾向にあるセクシュアリティのこと。無性愛と表現されることもある。日本では特に、他者に対して恋愛感情も性的欲求も抱かないアロマンティック・アセクシュアルを指して用いられることが多い。

※ノンセクシュアル・・・他者に対して恋愛感情を抱くが、性的欲求は抱かない傾向にあるセクシュアリティのこと。ノンセクシュアルは日本特有の呼称で、海外では同様のセクシュアリティを指して、ロマンティック・アセクシュアルという呼称が用いられることが多い。

作品情報

今回紹介するのは、小野ハルカ『桐生先生は恋愛がわからない。』(小学館、2016~2017年、全5巻)だ。

この漫画は、小学館が配信するウェブコミック配信サイト『裏サンデー』にて連載され、後に単行本化した作品だ。

2016年に連載が始まったこの作品は、アセクシュアルやノンセクシュアルと言った専門用語を意識的に用いており、それらを主題とする作品の中では先駆的な存在だと言えるだろう。

あらすじ

『桐生先生は恋愛がわからない。』は、登場人物の恋愛模様を描いた作品ではあるものの、主人公が「『恋愛』っていったいなんだ?!」と根本的な部分を問い続ける異色のラブ(?)コメディだ。

物語の主人公は、作品のタイトルにもなっているラブコメ漫画家・桐生ふたば(32歳)。彼女は、連載中の大人気漫画『ぼっちの俺からリア充のお前らに言っとく』(通称「ぼっとく」)のアニメ化が決定し、順風満帆な作家生活を送っている


――――わけではなかった。


実は、ふたばは恋愛ものを描くつもりは全くなく、彼女が本来描きたいのは社会問題を扱ったハードボイルドな作品だった。しかし、社会派な内容の作品は読者ウケが悪く、連載は終了……。

「デキる漫画家なら、自分にわからないものでも想像で描けるはず」という担当編集の挑発に乗せられ、ハーレムラブコメを描く羽目になってしまったのだ。

こうして連載を開始した「ぼっとく」はまたたく間に人気を博し、大ヒット作品になったものの、ふたばはとある理由から、行き詰まりを感じていた。

彼女は、生まれてこのかた、“恋愛感情”を持ったことがなかったのである。(ここでタイトル回収)

ふたばは思春期以来、自分がアセクシュアルやノンセクシュアルではないかと悩み、性的指向を探している状態(クエスチョニング)だった。

参考資料を読み漁り、テンプレ表現で何とか取り繕ってきたが、それにも限界がある。真に恋愛感情を理解しなければ、読者の心を掴み続けられないのではないか……? 漫画家としてのプロ意識から、ふたばは恋愛に挑戦してみるべきではと悩み始める。

そして、悩めるふたばの前に、二人の男性が(都合よく)現れた。ふたばのアシスタントの一人、朝倉青年(通称:アサシン)と、アニメ「ぼっとく」の脚本家、北村氏(通称:軍師)だ。何の運命のいたずらか、二人はそろってふたばに好意を抱いているという。

果たして、「恋愛がわからない」ふたばは、彼らとの交流を通して、恋愛感情を理解することができるのか……?

♠注目点

『桐生先生は恋愛がわからない。』の魅力のひとつとして、主人公・ふたばの人間味溢れる描写が挙げられる。

アセクシュアルやノンセクシュアルのキャラクターは、恋愛感情や性的欲求を抱かないという要素を強調するためか、何に対しても無感情・無感動な人間に描かれがちだ。

そんなステレオタイプを打ち破るかのように、ふたばはめまぐるしく変化する人間関係に一喜一憂していく。周囲の人間や、恋愛に対して真剣に向き合う彼女の姿には、たとえアセクシュアルやノンセクシュアルの当事者ではない方でも、十分に感情移入ができるのではないだろうか。

また、ふたばの、世間の恋愛や女性に対する偏見に語気強く反論する姿には、多くの人が共感するはずだ。彼女の言葉は、現代の「恋愛未経験者は半人前」というような呪縛から読者を解き放つ力を持っている。ラブコメでありながら、恋愛を批判的に捉えていく本作ならではの魅力だと言えるだろう。

次回予告

次回の記事は、#4.5として、『桐生先生は、恋愛がわからない。』の個人的な感想を書いていきたいと思う。作品の結末にも触れる予定なので、ネタバレを避けたい方には、作品を読んでからの閲覧をおすすめしたい。




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