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【小説】ある駅のジュース専門店 第28話「ジュース専門店【⬛︎ヶ2乃#:】」

「先輩。何観てるんですか?」
 昼休み、スマホの動画配信アプリで動画を観ていると、後輩(仮にO君とする)に話しかけられた。
「あ、これ? 『検索してはいけない言葉』を集めたやつ。最近ハマってるんだ」
「えっ、怖くないんですか?」
「怖いの好きだから大丈夫。O君も観る?」
「え? あ、いや、俺は……別に良いっす」
 彼は困ったような笑顔を見せた。
「あれ、O君もこんなの好きじゃなかったっけ? 前にいろいろ教えてくれたじゃん。『三回見ると死ぬ絵』とか『コトリバコ』とか」
「前は好きだったんですよ。でも……しばらくは、良いかなって」
 O君はそう言って視線を逸らした。その表情に、ただならぬものを感じ取る。
「……ねぇ。もしかして、なんかあった?」
「え? な、なんも無いっすよ」
「ほんとにぃ?」
 目をじっと見つめてみると、「う……」と小さいうめき声が返ってくる。
「……や、やっぱ、先輩に隠し事できませんね……」
「ほら、なんかあったんじゃん。話してみ?」
「や、でも……」
「私は何でも信じるよ。オカルト的なやつ、大好きだから。安心して。ね?」
「……は、はい……」
 彼はぎこちなく頷いて、静かに語り始めた。

「……実は俺も『検索してはいけない言葉』の動画好きで、観てたんですよ。先週まで」
 O君は動画を投稿しているアカウントをチャンネル登録し、新しい動画が上がったという通知が来れば、すぐにチェックしに行くぐらいハマっていた。
「先週の……確か、火曜日だったと思うんですけど……新しい動画の通知が来たんで、観に行ったんです。今回もすげぇ怖い画像とかサイトを知ることができて、大満足だったんですけど……」
 動画の終盤、一番最後に紹介された「検索してはいけない言葉」に、興味を惹かれたのだという。
「いつもは画像とか、サイトの紹介が多いんですけど、最後に紹介されたのが⬛︎(某SNS)のアカウント名だったんですよ。これって珍しいなーと思って。ほら、なかなか無いじゃないすか。特定のアカウント名が『検索してはいけない言葉』になるなんて。それで興味持って、自分で調べてみちゃったんですけど。今思えば、これがいけなかったんだろうな……」
 彼は自嘲気味に笑いを漏らした。
「そのアカウント名って、何だったの?」
「えーっと……口では言いづらいんですけど……これっすね」
 O君がスマホの画面を指で示す。それは彼が観た動画をスクリーンショットした画像で、「ジュース専門店【⬛︎ヶ2乃#:】」という言葉が表示されていた。
「何これ?」
「先輩、『ある駅のジュース専門店』って知ってます? 最近流行ってる駅の都市伝説なんですけど……」
「あ、知ってる! 電車に乗ってたら知らない無人駅に着いて、その駅の中にジュース屋さんがあるんでしょ?」
「そうですそうです。これ、そのジュース屋のアカウント名らしいんですよ」
「マジで?」
「マジっす。俺も最初信じられなかったんですけど、自分で調べてみたらしっかりありました」
 彼はスマホでSNSの画面を開いて見せてくれた。「ジュース専門店【⬛︎ヶ2乃#:】」というアカウント名の横には「フォロー中」の文字がある。
「フォローしてるじゃん」
「しちゃったんすよね……」
「でも、このアカウント名がなんで『検索してはいけない言葉』になってるの?」
「動画では『ある駅のジュース専門店』の噂に関係してるアカウントで、投稿されてる文章とか画像が不気味だって紹介されてたんですけど、正直不気味さとかはあんまり無いんですよ。ジュースの写真だって綺麗だし」
「じゃあ……噂に便乗して、誰かが異界駅にあるジュース屋っていう体でやってるアカウントってこと?」
「……俺も、そう思ったんですよ。最初は」
 彼の声が、微かに暗く沈んだ。
「フォローした日の、次の日だから……水曜日っすね。DMが届いてたんです。誰からだろって開いたら、このアカウントからで。『フォローしてくださっている方限定で、店内の裏側ツアーにご招待します』みたいな文と一緒に、リンクが貼ってありました」
 彼はアカウントを乗っ取る手口だと思ってしばらくそのメッセージを無視していたが、ふと、「フォローしてくださっている人限定」という文言が気になった。
 アカウントを乗っ取るためのDMは、フォローしていなくても送られてくるものがほとんどだ。しかし、「ジュース専門店【⬛︎ヶ2乃#:】」から送られてきたDMには「フォローしてくださっている方限定」と丁寧に書かれている。もしかしたら、乗っ取りの手口では無いのかもしれない。
 思い切ってリンクをタップしてみると、画面が動画配信アプリへと移動した。
「なんか、ライブ配信中の動画に誘導されたんですよ。チャット欄に『DMから来ました』っていうコメントがいくつもあったんで、ほんとにジュース屋のアカウントをフォローしてる人にだけリンクが送られてたみたいで。乗っ取りでは無さそうだなって安心したんですけど、そのライブ配信の内容が……」
 彼は目を伏せ、言葉を絞り出すように語った。「……DMにも『店内の裏側ツアー』って書いてあったんで、たぶんあれは、ジュース屋の中を映した動画だと思うんです」

 彼が動画に辿り着いた時には既にライブ配信が始まっていて、ジュース屋の店内が映し出されていた。ピンク色の照明で照らされた店内には、黒いカウンターとカラフルな椅子、容器を洗うためのシンク、果物が詰まった瓶などがあった。
「じゃあこれから、バックヤードに入っていきます」
 店内を撮影している配信者のものであろう、男とも女ともつかない低めの声が気怠げに発される。カメラは少しぶれながらカウンターの横を抜け、「STAFF ONLY」と書かれた張り紙がある扉の前まで移動した。
「普通、お客さんは入れませんからね。この中を公開するのは、たぶん……この動画だけだと思います」
 黒いマニキュアを塗った右手の指がドアノブに掛けられ、扉が手前に開かれる。
「では、入ります」
 カメラはそのまま扉の奥へ入っていった。
 バックヤードは真っ暗だったが、カメラが近付くにつれ、徐々に中の様子が見えてくる。通路の両脇に背の高い棚や錆びついたロッカーが置かれ、そんなに広くは無さそうだ。
「私はいつも、ここで休憩とか着替えをしてます。あの鏡台、見えます? あれで服装のチェックしてるんですよ」
 カメラが進行方向から向かって左側の鏡台に近付いていく。水垢がこびり付いた鏡面に赤いシャツを着た配信者の姿がぼんやりと映った。
「あぁ、結構汚れてますね。後で洗っとこうと思います」
 淡々とした口調でそう言うと、配信者は鏡台からカメラを元の進行方向へと戻した。画面が大きくぶれたその時、一瞬だけ、向かって右側——すなわち、鏡台の反対側にあった物が映り込んだ。
「ほんとに一瞬だったんですけど、あれは……足、でした。革靴を履いた両足です。大きさからして、たぶん男の足。それで、なんか……その……溶けかけの氷みたい、でした」
「え? 溶けかけの氷って、どういう」
「すいません。よく分かんないっすよね。分かんなくて大丈夫です。それで」
 O君の顔に、取り繕うような笑みが貼り付いていた。
「え、だ、大丈夫って……ごめん、ほんとにどういうこと? どういう状態だったの」
「すいません。ほんとに、溶けかけの氷って言うしかないんです。それしか良い例え方が分かんなくて。あれをストレートに言っちゃうと、どうしても、はっきり思い出しちゃうんで。先輩にも嫌な気持ちになって欲しくないんで。だから、すいません。この例え方で勘弁してください。分かんないと思うんですけど許してください。とにかく溶けかけの氷みたいな足があったんです。バックヤードに」
 今まで一度も聞いたことのない、必死な声だった。
「映ったの、ほんとに一瞬だったんですけど、あれは絶対、絶対見ちゃダメなやつだって感じました。これ以上観られる気がしなくて、動画止めて閉じようとしたら」

「あ、もう閉じちゃうんですか? ここだけですよ。店に来なくても見れるの」

「そんな声が動画から聞こえたんで、もう、速攻で閉じました。こっちのこと全部分かってるみたいで怖くて。もうやめてくれって心の中で叫んでました」
 そこまで話すと、彼はため息を吐いた。
「たぶん、ジュース屋のアカウント名が『検索してはいけない言葉』になってるのって、あの動画が原因だと思うんですよ。きっと、フォロワーが増えるたびにDMであんな感じの動画のリンクを送ってて、その動画にグロいものが映り込んでるから『検索してはいけない言葉』になったんです。いやぁ、あれはしばらく忘れられないっすね……」
「そっか……だから、観られなくなっちゃったんだね。『検索してはいけない言葉』の動画」
「はい……先輩も、気をつけた方が良いっすよ。全部が全部危険なものじゃないと思うんですけど……中には、本当に検索しちゃダメなやつもあるんで」
「は、はい……気をつけます」
 説得力のある言葉に、私はただ頷くしか無かった。

 その後、どうしても気になって「ジュース専門店【⬛︎ヶ2乃#:】」をSNS上で検索してしまったのだが、そこでO君が観たというライブ配信を同じように観た人がいることを確認できた。中にはライブ配信の内容を無断転載している人もいたが、投稿に添えられたリンクをタップしてみても動画を観ることはできなかった。どうやら、動画の内容がアプリの規約に反しているため削除されたらしい。
 彼が見てしまった「溶けかけの氷みたいな足」とは、いったいどのようなものだったのか、未だに分かっていない。ただ、彼の怯えた様子から、あまり想像したくない状況だったということは明らかなので、これ以上この話題に触れるのはやめておこうと思う。

                〈おしまい〉

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