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【小説】キャンバスランド怪談 第2話「キャンバスランドのお化け屋敷」

 晒根町さらしねちょうにある遊園地、キャンバスランド。その片隅にぽつんと建っているのが、場違いなほど寂れた日本家屋風の建物。紫色がテーマカラーのお化け屋敷である。
 このアトラクションでは暗闇から血まみれの男が顔を突き出したり白装束姿の幽霊が髪を振り乱して追ってきたりするなど、従業員たちの熱意がこもったたくさんの仕掛けが客に襲いかかる。そのため怖いと評判で、中からよく悲鳴が響いてくる。その悲鳴を聞いて興味を惹かれた客が建物に近づき、いつの間にか入り口の前に長い行列ができていることもある。
 そんなお化け屋敷だが、実はある不気味な噂が囁かれているという。キャンバスランドでお化け屋敷担当の従業員として働くSさんに話を聞いてみると、彼女は少し目を伏せ、自身の体験談を語ってくれた。

 ある年、夏ならではの企画として、お化け屋敷で最も怖いお化けを決めるイベントが開催された。従業員がお化け屋敷から出てきた客にどのお化けが一番怖かったかを聞き、客の声をもとにランキングを作って最も怖いお化けを決めるというものだった。そのイベントで客へのインタビューをSさんが担当することになり、出口で客に声を掛けて一番怖かったお化けを聞いていたのだという。
 「白装束姿の幽霊」や「血まみれの男」などおなじみの名前が挙がる中、話を聞いた客のうちの約半数から「着物姿の女の子」という声が上がった。
(着物姿の女の子? そんなお化けいたっけ)
 気になって詳しく話を聞くと、「着物姿の女の子」は推定六、七歳ほどの髪の長い少女で、花柄の着物を着て和室の隅に静かに立っているという。そして何をする訳でもなく、ただこちらを悲しげな目でじっと見つめてくるというのだ。
 客の話を聞いている時はそんな脅かし方をする人もいるのかと感心していたが、話を聞き終えた後、Sさんの中で違和感が大きく膨れ上がっていった。
 幽霊役の従業員は全員大人で、六、七歳の子供を働かせるなんてことは有り得ない。そして何より、お化け屋敷の中は暗いのに、どうして多くの客が「ただそこに立っているだけ」の少女の姿を着物の柄まではっきりと見ることができたのか。
 Sさんはそこで「着物姿の女の子」の正体をなんとなく悟ったが、多くの客から名前が挙げられたためメモに書き取り、他の従業員とインタビューの結果を共有したのだという。
「そしたら、他の皆さんもそんな噂を聞いたことがあるとおっしゃるんです。着物を着た女の子が出る、と。中には実際にその女の子に会ったという方もいらっしゃいました」
 その人——Hさんは閉園後にお化け屋敷の点検を担当する従業員だった。Hさんが言うには、ある夜、建物の中に入って小道具の点検をしていると、ふいに服の裾を軽く引っ張られる感覚があったという。
 振り向いたHさんの目に映ったのは、こちらを見上げる着物姿の少女。こんな時間にどうして子供が、と違和感を覚えたその時、少女の唇が微かに動いた。
「……な……い……」
「な、無い? 何が無いの?」
 そう聞き返したHさんは、少女の瞳がビーズのように真っ黒に濁っていることに気がついた。
 後ずさったHさんに、少女は先程よりも大きな声でこう言った。
「おなか、すいた……おかあちゃぁああん」

 Sさんのインタビューの結果とHさんの話をきっかけに、従業員たちはイベントを中止し、お化け屋敷のお祓いをすることにした。お椀にたっぷり盛った白米や水を供え、神職の方に大幣おおぬさを振ってもらったところ、少女が現れることは無くなったという。
「でも、このことがお客様の間で広まってしまって、未だにお化け屋敷には"本物"が出るという噂が生まれてしまったんですよね……」
 苦笑しながらそう語るSさんの後ろから、お化け屋敷から出てきた一組のカップルの話し声が聞こえてきた。
「怖かった〜! 引っ張られたよね」
「うん、服の裾引っ張られた! あれは反則だわ」
 瞬間、Sさんの表情が固まった。
「どうされました?」
「いえ……このお化け屋敷では、お化けがお客様に触れるということは一切無いので……もしかしたら、まだいるのかもしれませんね。あの子」

                〈おしまい〉

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