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【小説】瑠璃の囀り 第4話「電車」

 夏休み。隣町に住む祖母に逢いに行くため電車に乗り込むと、青沼さんがクーラーボックスを抱えて座席に座っているのが見えた。
「あ、青沼さん!」
 青沼さんはこちらを見て少し口を開いた後、柔らかい笑みを浮かべた。
「ここでお会いできて嬉しいです。驚きました」
「私もびっくりしました……お隣、よろしいですか?」
「ええ。どうぞ」
 私は青沼さんの隣に座った。電車が動き出す。
「……それ、何が入ってるんですか?」
「うちのお店で仕入れたラズベリーとイチゴです。親友がジュース屋を営んでいるので、よくこうして届けているんです」
「へぇ……お友達、ジュース屋さんなんですね。私も行ってみたいなぁ」
 すると、車内にアナウンスが響き渡った。
「次は、⬛︎⬛︎……⬛︎⬛︎です。お出口は、左側です」
 ぎょっとした。アナウンスをかき消すように激しいノイズが走り、駅名が全く聞こえなかったのだ。
「あ、青沼さん、今、なんて……」
 言いかけて気付いた。青沼さんの顔から、笑みがすっかり消えている。
「私はここで降ります。あなたはそのまま座っていてください」
「え、でも……」
「絶対に、ここで降りてはいけません」
 青沼さんが私の目をじっと見つめ、真顔でそう言うので、思わず気圧されてしまう。
 私がこくこくと頷くと、青沼さんの顔に見慣れた柔らかい笑顔が戻った。
「すみません。あなたが親友の店に行きたいとおっしゃったので、心配になってしまって」
「え……ど、どうしてですか?」
 がたんごとん、という音に混じって、青沼さんのやけに意味深な言葉が耳に入ってきた。
「……私の親友は、食欲が人一倍ありますから」

 その後、お互い黙り込んで何も話せないでいる間に、電車は見知らぬ白い駅に停まった。
「では、私はここで。またお会いしましょう」
 青沼さんはクーラーボックスを持って立ち上がり、にっこりと微笑むと、こちらに背を向けて駅のホームへ降りていった。

                 〈つづく〉

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