見出し画像

【小説】キャンバスランド怪談 第1話「キャンバスランドの観覧車」

 晒根町さらしねちょうにある遊園地、キャンバスランドは、それぞれのアトラクションの色がテーマカラーで統一されている。例えばメリーゴーランドは青。お化け屋敷は紫。そして、一番人気の観覧車は純白である。
 敷地の端にそびえ立つ白い観覧車はいつ見ても美しいが、夜になるとライトアップされ、雪のような白さが一層際立つ。そのため、映えスポットとして写真がSNSで拡散されたり、「デートでキャンバスランドの観覧車に乗ると絶対別れない」という噂まで生まれたりしている。
 そんなロマンチックな噂の影響もあってか、一番人気のアトラクションとなっている観覧車だが、実はある不穏な噂も囁かれている。その噂には、観覧車のすぐそばにある、ポップコーンワゴンが関係している。

 キャンバスランドでは、各アトラクションの近くにポップコーンワゴンが点在しており、アトラクションのテーマカラーに合わせた色や味のポップコーンが販売されている。メリーゴーランドの近くではラムネ味。お化け屋敷の近くでは紫芋味。そして、観覧車のそばで売られているのは、ほんのり甘いホワイトチョコレート味である。
 しかしある年の八月、ワゴンでポップコーンを購入した客のほとんどがワゴンに戻ってきて、苦い顔でこう言ったという。
「あの……なんかこれ、金属が錆びたみたいな味がするんですけど」
 ワゴンの店員はすぐさまポップコーンを調べた。特に金属が混入している様子は無い。だが口に含んでみると、錆びた鉄の味がじんわりと広がっていく。吐き気を催すほど強烈な味だった。
 観覧車のそばのポップコーンワゴンはたちまち閉鎖され、従業員の謝罪の言葉や客の戸惑った声が飛び交った。
 もしかしたらワゴンの中の機械が錆びていて、それがポップコーンの味に影響しているのではないか。従業員たちはそう推測し、機械を隅々まで調べた。しかし、機械はどこも錆びていない。結局、「錆びた鉄の味」に繋がる原因は分からずじまいだった。

 キャンバスランドの観覧車のそばにあるポップコーンワゴンで突如起こった、ポップコーンを食べると「錆びた鉄の味」がするという現象。原因は今でも判明していない。しかし巷では、キャンバスランドがある晒根町の歴史が関係しているかもしれないという噂が囁かれている。

 晒根町の土地は、山の麓を開墾してできた。地名の「根」は「根本」を表し、山の斜面と平地の境目を指す。この町は、山のちょうど「根」にあたる部分に位置しているのである。
 この町では昔から、夏が近づくと水害や土砂崩れが起こりやすかった。梅雨の時期に雨が大量に降り、町を流れる川が氾濫する。山の土が雨水で柔らかくなり、町の方へ流れ出してくる。川の氾濫や土砂崩れは農作物にも影響を及ぼし、十分な量の米や野菜が収穫できなくなる。そして、こうした自然災害や凶作が、かつて晒根町で起こった飢饉へと繋がっていった。
 最初はなんとか収穫できた農作物を食べて飢えをしのいでいたが、僅かな食糧もやがて底をついてしまう。さらに、大量の水と土が町に流れ込んだことで病気が広まっていく。当時はまだコンビニもスーパーマーケットも存在しない。医療も十分に発達していない。飢えと病気で、人が毎日亡くなっていく。
 そして追い詰められた人々は、とうとう、お互いの身体に目を向けた。

 ——ああ、あるじゃないか。ここに、まだ、食べられそうなものが……。

 晒根町の古い資料に残されていた記録によると、この飢饉が起こった時期は、ちょうど八月だったという。
 もしも、飢饉が起こった場所がちょうどキャンバスランドの観覧車のあたりだったと仮定するならば。ポップコーンを食べた時にじんわりと広がる「錆びた鉄の味」とは、つまり——。

 そんな噂が囁かれながらも、今日もキャンバスランドの観覧車の前には、長い長い行列ができている。

                〈おしまい〉

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?