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【小説】ある駅のジュース専門店 第46話「繋がり」

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 俺が「玉村あみ」と名乗る人物に声を掛けられた日の、夕方。
 教材やペンケースを鞄にしまっていると、親友の井田いだが近づいてきた。
那生なお、お疲れ様」
「おう、お疲れ」
「実は今朝のあれで、ちょっと気になってることがあってさ」
「雑貨屋の人に声を掛けられたことか?」
「うん。確かあの時、名刺を貰ったって言ってたよね。ちょっと、見せてもらってもいい?」
「え? 良いけど……」
 鞄の中のクリアファイルをまさぐると、少し厚い小さな紙の感触があった。指で摘んで取り出し、井田に渡す。
「はい」
「ありがとう」
 井田は名刺をじっと見つめた後、「やっぱり」と呟いた。
「やっぱり『玉村たまむら』だ……この名字、見たことない?」
「え? あ……そういえば、なんとなく見覚えあるかも」
「たぶん、あの時だよ。前に、八坂やさかさんと一緒に『ある駅のジュース専門店』に行ったことあったでしょ? あそこから帰って来た後、サラセさんと、食虫植物サラセニアとの関係を調べた時に……」
 井田がスマホを操作して、画面を見せてくれる。あの時見つけた、ネットニュースの記事だった。
「玉村誠一せいいちさん……サラセニアを育てていた家の人だ」
「那生が会った「玉村あみ」さんって人、この誠一さんと何か関係あるのかな」
「うーん……名字がたまたま同じだったんじゃねぇか? 特に関係は無さそうな気が……」
 そう言いかけた俺は、あることに気が付いた。
「おい、これ……どっちも、サラセさんに繋がるんじゃ……」
「! ほんとだ」
 俺たちは顔を見合わせた。玉村さんの家から消えたサラセニア。そして、俺が今朝出会った「玉村あみ」と名乗る雑貨屋の店主。確信は持てないが、どちらも人喰いの化け物であるサラセさんに繋がりそうな事柄だ。確信が持てるようにするには、まず、できそうなことからやってみる必要がある。
「……話、聞いてみようか。玉村誠一さんに」
「そうだな。まずはアポ取らねぇと……玉村さんのメールアドレスとか分からねぇかな」
「ご自宅が晒根町さらしねちょうにあるらしいから、町のホームページ見たら、電話番号の最初の方は分かりそうだよね」
 そう言いながらスマホを操作していた井田が、急に苦々しい表情になる。
「でも……いきなり家に電話かかってきて、お宅のサラセニアと都市伝説の繋がりについて調べたいんですがって言われたら、困っちゃうよね」
「あ……ああ。絶対困る」
「うーん……じゃあ、授業の課題ってことにしようか。卒論の練習として、興味のある話題について調べてレポートを書くように言われたって」
「お、それ良いかもな。最初は課題で通して、もし会ってお話を聞かせてもらえることになったら、ほんとのこと話すか」
「うん。嘘を吐いたままじゃいけないからね……あっ」
「ん、どうした?」
「玉村さん、このサイトでブログやってるよ。メールアドレスも書いてある」
 井田が指差す画面には、玉村さんのアカウントのプロフィール欄が表示されていた。そこにメールアドレスが貼り付けてある。
「マジか、連絡できるじゃん」
「やってみよう」
 俺たちは、はやる気持ちを抑えながらメールの内容を考えた。
「これで良い?」
「ああ、それで大丈夫だと思う」
「じゃあ、送信するよ」
「おう」
 井田の指が、送信ボタンを押した。
「送れた」
「とうとう送っちまったな……」
 これで、サラセさんについて少しでも多くのことが分かれば良いが。未知の領域へ足を踏み入れることへの不安と高揚感が、胸の中で渦巻いていた。
「返事が来たら教えるね」
「分かった。ありがとな」
「こちらこそ。じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「そうだな。バスもうすぐ来るし」
 春の暖かい風が吹く中、俺たちは大学を出て、途中まで同じバスに揺られて家に帰ったのだった。

                〈おしまい〉

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