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宮沢賢治 やまなし 本質の解明 ⑦

 次に、妹トシさんの死です。「イーハトーヴの夢」を読んですぐにこのことと結びつくのが「クラムボンの死」です。私の考察では、「クラムボン」をカニの兄弟にとって最も身近で重要な存在であるとしました。宮沢賢治にとってそれは妹のトシさんであったようです。
 宮沢賢治と似た部分が多く、勉学が好きで、兄弟たちの中でも最も何でも話し合うことができたそうです。家族の中で最も重要な存在は妹トシさんであることはよく知られています。
 ではなぜ宮沢賢治の母ではないのかと思われる方も多いかも知れません。母イチさんは素晴らしい愛情で彼を育てましたが、宮沢賢治を生涯悩ませる教えを説いた人物でもあり、そこには宮沢賢治自身の母に対する戸惑いもあったかと思われます。そのことが垣間見えるエピソードが、あります。
 あるとき、母イチさんが弟の清六さんに「なぜ賢さんははあんなに人のためにばかりつくして、自分のことはさっぱりしない人になったのですか。」と訊ねた際に、彼は「あなたがそう言って育てたことを忘れたのですか。」と返答したそうです。
 その教えは、「ひとというものは、ひとのために何かをするために生まれてきたのです。」というものです。母イチさんがこれを繰り返し伝え続けたことは、自分の欲望を否定し、自己の存在すら否定しかねない彼の生き方に多大な影響を及ぼしたことは明らかでしょう。親の影響力というものは根深いです。ひとのために何かをすることはとても尊いことではありますが、そのことだけを伝えられたら、その逆の「自分を幸せにする」ことは悪と判断してしまいます。子どもはそういうものでしょう。母親の愛情という面では、やはり宮沢賢治の潜在意識にとっては完全に共感できるものではなかったかも知れません。
 私の知人に、母親から「人がいやがることは絶対にしてはいけない。」と教え込まれた方がいますが、そのメッセージは、「自分がしたいことがあっても、相手が少しでもいやな気持ちなる恐れがあるならば、しないでおこう。」大人になっても、自分を優先することができず、苦しんでいる方がいます。
 話が飛躍しましたが、トシさんとの信頼関係は家族の中で最も強かっただけに、彼の心には穴が空いてしまいました。宮沢賢治が、「クラムボン」においてそれを表現したことが想像できます。心に穴が空いてしまっただけに、カニの兄弟の会話も全く感情を感じません。不気味なほど穏やかに「死」について語り合います。大切な人を失ったならば、このように無感情で力の入らない状態に陥るものです。

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