何、食べてきた?:創作
「この魚が、何を食べてきたのか知っている?」
釣った魚を手にして、娘は嬉しそうな顔をしていた。
そんな事を気にする、娘の視点に感心した。
「いや。知らない。お前は知っているのか?」
私は、わざとらしく惚けた。釣りをしているのだから、わかる事だ。
しかし、得意げな表情で、娘は早く何かを言いたげな顔をした。
「小魚。魚が魚を食べて、大きくなっているの」
まぁそうだろうな。「それが、どうした?」と思ったのだが、口には出さなかった。
「魚だけじゃない?魚が魚を食べるのって」
何となくだが、娘が、何を言いたいのか、わかった気がした。
そうだな。共食いするのは、魚だけじゃないのか?と言いたいんだろうな。そういう事が言いたいのだろうな。
「犬にもたくさん種類があるのに、犬は犬を食べないじゃない?でも、魚が魚を食べるのって、不思議じゃない?」
ライオンが、シマウマを食べるように、哺乳類は哺乳類を食べる。魚類が魚類を食べても不思議じゃない。私は、そんな事を娘に言った。
「あぁ、そうか。じゃあ、例えば、サメとイワシは、ライオンとシマウマぐらいに違う生き物だよね」
そんな事は知らない。
「まぁ、そんな事は、どっちでもいいのだけど、もし、イワシが、サメの死骸を食べて、そのイワシを同じ種類のサメが食べた場合、それは、共食いってこと?」
それは、心持ちの問題で、気味が悪いけれども、共食いではないだろう。しかし、なぜ、共食いにこだわるのか?
「共食いはどうでもいいの。それに、魚が魚を食べる事もどうでもいいの。何と言うか……」
そう言うと、再び娘は考え込んだ。
「生き物って、何かを食べて生きるじゃない。でもね、私が食べるものが、生きている間に何を食べてきたのかって、正確には、わからないじゃない?それって、怖くない?」
別に、恐くはない。そんな事を気にしていたら、食べる事が嫌になるじゃないか。
「そう。そういえば、お母さんが何処に行ったか知っている?」
妻のことか?決まっているじゃないか、今日は家にいる。
「お母さん、何をしているか知っている?」
質問の意味がよくわからなかった。
「そう。じゃあ、お父さんは、どこにいるか知っている?」
私は、娘が、からかっているのだと思った。
「もうよしなさい。ほら、そろそろ帰ろうか」
「何をしてきたのか、わからないってことは、気味が悪いけれど、知らないほうがいいのだろうね」
私は、携帯電話を取り出した。
案の定、繋がらなかった。
おわり