この小説が今回の創作大賞 #創作大賞感想
いい小説の定義というのは、読者にとって多様で主観的なものですが、三つ要素をあげるなら『共感性』『感情的な影響』『文章力』かなと思います。
今回、僕が感想を書きたい創作大賞の応募作は、皐月まうさんの『パン屋 まよなかあひる』です。
この作品の魅力の一つは、夜の静けさとパンの温もりが織りなす独特の雰囲気です。深夜にパン屋を訪れるお客たちの物語は、それぞれが一つの短編として完結しながらも、全体として一つの大きな物語を構築しています。リッカさんが深夜営業のパン屋を始めた理由や、不思議な黒猫とパン屋との関係もまた、物語の重要な要素となっています。
読んでいるうちに、深夜のパン屋に訪れる人々の人生や、心の揺れ動きに、自然と引き込まれていきます。そして、主人公の愛瑠自身が、この街で見つけたもの、彼女の成長や変化を見守るうちに、作品のテーマを読者が見出す事ができるのです。
キャラクターでいうと、僕はリッカさんの人柄に共感しました。おそらく、彼女は、スレた人生を歩んでいたのではないかと思います。人生と共に、分別を身に着けた生き方をしたような痕跡が、上手く表現されています。僕は本編を読んでそう感じました。
スリリングな場面は印象に残っていませんが、主人公の愛瑠の背景や、リッカさんのそれにも、感情が動きました。もちろん、それぞれのエピソードにも、登場人物の背景がチラリと見えます。
僕は、この小説を途切れ途切れに読みました。読んでいない時、例えば車を運転している時に「堀田のおっさんは、奥さんと上手くやってんのかな?」と虚構の人物が、あたかも実在している錯覚を起こしたのです。それだけ、僕がこの作品に溶け込んだのだと思います。
また、舞台となる瀬戸内の町。(あとがきには具体的な地名が書いていましたが)ここでの、昼間の情景が一部、本編で描かれていて、そのシーンに出てくる、海鮮丼と天ぷらの味を想像できました。食事って、その土地を表現するのに有効的なんだなと、再認識できました。そのあたりの文章力も流石だなと思います。
この作品が創作大賞に応募されているという事。つまり、それは今回の創作大賞はこの作品の為に開催されているんじゃないかと、僕は思います。
注文をつけるなら、書籍化する際には、もう三編ぐらい(いや。もっとかな)エピソードを追加して欲しいです。端的に言うと「もの足りない」って事です。例えば、ギラついた色黒のおっさんがリッカさんを口説くとか、ペットを飼ってはすぐに死なせてしまう夜職の若い女の子とか、そんな感じのエピソードや、キャラクター。刺激があれば、もっと、深さが出るかなと。その限りではないですが、もっとこの作品に居させて欲しいと思うのです。
勝手な感想ばかりで失礼しました。この作品が書籍化される事を望みます。
一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!